2005.06.27

H(ヒレ?正しくはFinか) Doesn't  Lay (英語になっていないか)

 6/24日付「ほんgこんg・でぃずに〜・らんど」http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-83.htmlを書いている時、たしかに、ふかひれについての論議がニュースになっていた。香港色(食?)を強調したいHDLと、そのために徒(いたずら)に、かつ残虐にサメ(フカ)が扱われているという動物保護団体の反対声明。本日、HDLはふかひれの提供を行わないことを決めたらしい。少し、安易ではあるけれど、たまたま閲覧していたネットニュースの中にあった二つのニュース、ひとつは上記ふかひれについての顛末記 △修靴董△發Δ劼箸弔魯侫蹈螢澄Ε撻鵐汽魁璽蕁淵妊ズニーワールドにも近い)での悲しい事故◆
そして、最後の引用は、気仙沼市。
 わたくしの考えは、6月19日付「オーバーユース(過剰利用)について」http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-78.html
で述べているつもりではあるけれど、繰り返せば、 祗<△箸いΦい任覆韻譴弌△錣燭し自身の存在は、もはや×ということになる。もう少し、身勝手を言わせていただくと、だから、わたくしは、ふかひれも食べないし、海で泳ぐこともしない。あっ、気仙沼でフカの心臓(ほしっこ)を食べているか。ごめんなさい。
 
http://www.zakzak.co.jp/top/2005_06/t2005062731.html

http://www.zakzak.co.jp/top/2005_06/t2005062737.html

http://www.kesennuma.ne.jp/fukahire/fukahiremap.htm


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2005.06.25

おひとり様612万円です

 昨日、今日と各ニュースで国の借金について言及、必ずというのだろうか、実感しやすいからという理由なのだろうか、国民1人当り「いくら」という表現になっている。一体、いつ借金したのか納得のいかない「国民」は、わたくしのみではないだろう。05年3月末時点で781兆円余、これに地方や特殊法人の分を加えると、1000兆円になるらしい。したがって、標題「おひとり様」の額は800万円ぐらいにハネあがる計算である。金を借りているということは、金を貸している存在がない限り、バランスがとれないのが普通の考えである。それでは、「わたくしたち」は800万円もの借金を誰に返したらよいのだろうか。財務省の報告をみると、借金の8割は国債によるものとある。国債とは国が企業や機関投資家あるいは個人(国民など!)にお願いして借金するものであるから、いささか感情的にあらわせば、わたくしたちは、借り手であると同時に貸し手でもあるというなんとも不可解な位置にいる。もっとも、国債の所有者の大半は金融機関であるから、わたくしたちは近い将来増税でもって、借金のかわりとし、国に納め、国はわたくしたちにかわって、金融機関(など)に弁済することでもって、完結する…でも、金融機関は国から借金しているし…、もう訳のわからない構造となっている。これでは、仕組み自体は、庶民(年貢)→幕府(←ワイロ)→商人(アキナイの許認可)という歴史の積み移しでしかないのかと、ただ、額だけが増えているという現象でしかないのかと、↓の途方もない「0」の数を眺めているしかない気分になってしまう。

1000000000000000  センチョウエン  (賤腸炎)

 地域通貨という動きがある。これにも長所短所はあるけれど、なによりも、貨幣=仕事、モノの実態に対する価値というのは、下手をすれば、世の中全て金次第につながるところがある点が気がかりではあるが、上記、おひとり様いくらと、自ら(政治家、官僚、ほか)の責任(放蕩)を抛っておいて、わたくしたちに圧し付けてくる限り、対抗手段として、必要なのであろう。
 わたくしにも個人的な借金はあるが、これにくわえて、標題の分(プラス200万円か)まで背負いこむ財力も、甲斐性もないので、この拙ブログをもって、支払免除をお願いしたいところである。

日本経済が破綻するまで動きつづける[リアルタイム財政赤字カウンタ]…借金地獄を刻々と、かつ、冷静(COOL)にカウントしている
http://ueno.cool.ne.jp/gakuten/network/fin.html
財務省[国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(平成17年3月末現在)]http://www.mof.go.jp/gbb/1703.htm
[国債ハンドブック2005]※国債の所有者が分かる(62頁)http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/jgb_guidebook2005j.pdf

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2005.06.24

ほんgこんg・でぃずに〜・らんど

 今年9月に香港ランタウ島のペニーズベイという、ちょうど新空港から海沿いに東へ向かった場所に世界で5番目のディズニーランド(HDL)が開園する。ちょうどその頃はバンパクも終わりに近く、日本国内の旅行会社も次の目玉として、攻勢をかけるのであろうか。確認のために、各社のHPをみると、そうでもないようである、もっとコマメに検索すれば、あるのかもしれないけど。ご本家(CA、FL)やユーロディズニーと違って、「遠くない」から日本からかなりの人が行くのかと思ったりしたが、案外そうでもないらしい。TDR(東京ディズニーリゾート=ランド+シー)の入場者数のうち、中国からのお客さんはというと、そこまで親切なデータはないけれど、オリエンタルランドの情報で、サンプリング調査の結果として海外から3%というデータがあった。04年の入場者数(2500万人)に当てはめると、75万人ということになる。見た目には、そんなものかねぇ(もっと外客がいそう)という疑問もあるけれど、仮に3%が全て中国からだとしても、HDL開園によって、TDRにはたいした影響はありませんよという言い訳のようにも思える。それはさておき、十数年前、ランタウ島というのは秘境中の秘境のようなところであったと思うけれど、今では、香港的随一観処になってしまったようである。これもサイト情報ではあるけれど、9月の香港内ホテルの想定稼働率は103%、ありえない数字である。フランスワールドカップ状態、の逆、HDLには入園できても、泊まることができないということか。雨さえなければ、野宿でも…、おそらく、誰もが思いつく方法なのであろう。
[TDRの入場者プロフィール]
http://www.olc.co.jp/company/guest/profile.html

Posted at 23:14 | 雑に | COM(2) | TB(1) |
2005.06.22

わ・しょく

 拙ブログ6/18“漬”「おにぎりを食むをんな」の最後にふれた日本(和)食について、あれこれ、この数日間、考えていた。
[おにぎりを食むをんな]http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-77.html
 中華料理というのは回転する円卓でもって、皆で、わいわいと食べるのが、おそらく楽しいのであろう。したがって、輪(わ)食。ただし、円卓会議のテーブルは回らない。各国(各人)の持参した秘密の資料がアチコチに回ってしまったら大変である。おそらく、円卓が回っていたら、歴史は今以上におかしくなっていたかもしれない、あるいは、お互いの秘密が適度に分かって(読めて)、案外、良い歴史になっていたのかもしれない。中華もある範囲までは日本食といってよいのだろうか、それほど馴染んでいるし、中華そばと名乗っているけれども、ほとんど和・化している。この項では、そもそもニホン(わ)・しょくというのは、ナニモノかを考えてみたい。まず、総務庁「家計調査」による分類から、日本料理の定義を確かめておく。これによると外食の分類の中にあり、「懐石料理、点茶料理、精進料理、しっぽく料理、なべ料理、親子丼、うな丼、カツ丼、カレーライス、ハヤシライス、チキンライス、ピラフ、仕出し料理」が内容例示されている。そば・うどん及びすしは別項目として独立しており、なぜか、お好み焼は別の「その他主食的外食」に含まれている。ふぅ、やはり、お役所言葉は分かりづらい。それでは、わたくしたちが普段食べている、「ご飯に、焼き魚に、お味噌汁に、お漬物に、、、」…、これは一体、何料理なのだろうかと考え込んでしまう。おそらく、これら「内食」も当然ながら日本料理(では大げさなので)和食の類に属しているのであろう。いわゆる定食屋は「わ」が中心である。上の分類にはないが、コロッケなど和食に入るのだろうか。海外に長く行っていて、あるいは住んでいて、ひさしぶりに日本に戻ってくると、「お茶漬け食べたい!」、という話はよく耳にするけれど、もしかしたら、日本(和)食の代表は、これかもしれない。
 お茶漬けの起源についても調べてみた。もっとも多い説は「平安時代にご飯に冷たい水をかけて食べた」というもの、その以前にあったという茶飯(これは炊く際に一緒にお茶葉を入れる)まで溯ることができるかもしれない。おにぎり(おむすび)をお碗に鎮座させて、その上からお湯(お茶)をかけるというのもあったはずである。(調べてみると、「焼き」が美味しいらしい)もっとも、歴史には残っていないけれども、農作業の合間に時間もなく、冷えた麦飯をどう美味しく、「早く」食べるかと考えた時に、ウムもなく、白(さ)湯か、お茶でもかけて、おなかに押し込もういう工夫を思いついたのは、自然発生的にアチコチの家庭で生まれたのではないかと、昔、祖母の食事の仕方をみているものには、想像できる。今もそうであるが、暑くなれば、当然、水ぶっかけ(平安時代の起源に戻る?)で、サラサラと、咽喉越しを通して、とりあえず、食欲不振を凌いでいたのだろうと思う。宮崎に冷汁(ひやじる)というのがあるが、そこまで凝ると、もはやお茶漬けの範疇を超えるのかもしれない。あくまでも、サッサ(と、こしらえ)、パッパ(と、流し込む)がお茶漬けの原則かもしれない。いつのまにか日本(和)食の話がお茶漬けに収斂されてしまったが、わたくし的には、双方が一致しているという結果なのであろう。ただし、リゾット(ズッパ多めの)、スープチャーハン、最近人気のスープカレー、あるいはクルトン(オニオングラタンスープに浮かんでいるような)などを考えあわすと、お茶漬け≒日本(和)食と、簡単には言いきれない部分もある。どうも、サッサ、パッパと、片づけられないことだと、今頃気づき、この項、再び、書かなければいけないなぁ、と、後悔している。

お茶漬け[フリー百科事典:ウィキペディア(Wikipedia)]より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E8%8C%B6%E6%BC%AC%E3%81%91
※森鴎外は「饅頭茶漬け」がお好きだったらしい。偶然であるけれど、「饅頭」については、近日中にとりあげるつもりなので、森式お茶漬けも試してみたいと思う。
[日本料理の定義例][ウィキペディア(Wikipedia)]より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%99%E7%90%86

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2005.06.20

東京都南区

 もちろん、あるはずもない。ネットで検索すると、確かにHITするものの、間違い(記入ミス)か、架空住所の怪しげ系である。ネット検索のアヤフヤさについては改めて書きたいけれど、「東京都」…、…横浜市港「南」区で当ったりするのがほとんどを占めている。これでは検索とはいえないかもしれない。さて、東京都「南区」であるが、電子地図をながめながら、勝手に想(創)区している。妥当と思われるのは、埋め立てによる土地(都勢)拡大に努めてきた、お台場、有明、若洲(注1)あたりではないかと思う。ためしに人口を数えてみると、42,479人で、千代田区(42,968人)並みとなってしまった。じゅうぶん、区の条件に当てはまっている。(ただし、人口だけのこと)
(注1)「南」区の想像地域:豊海町、晴海(以上、中央区より分区、佃、月島、勝どきには断られたとして…)、台場(港区より略奪)、有明、豊洲、東雲、辰巳、新木場、夢の島、若洲(以上、江東区より離脱)
(注2)人口は2005(平成17)年1月1日現在

 余計なことではあるが、人口840万人の東京は23区である、ほかのと較べてみると、このあたりで分区を考えても良いのではないだろうかと世話を焼きたくなる。新たに静岡市を加えた15の政令指定都市について、人口を区数で割ってみた。平均に比して23区は2倍近い人口を擁していることになる。行政区の基準として、20万人を超えると分区という雰囲気がある。(これまでの経緯をみると、おおむね、その線で分かれている)
[政令指定都市/人口/区の数/1区当りの人口]
○札幌市/1,862,269人/10区/1区当り186,227人
●仙台市/1,025,647人/5区/同205,129人
●さいたま市/1,069,051人/10区/同106,905人(注3)
●千葉市/919,094人/6区/同153,182人
東京23区/8,396,594人/23区/同365,217人
●川崎市/1,306,992人/7区/同186,713人
○横浜市/3,559,867人/18区/同197,770人
●静岡市/702,759人/3区/同234,253人
○名古屋市/2,204,496人/16区/同137,781人
○京都市/1,463,941人/11区/同133,086人
▲大阪市/2,633,819人/24区/同109,742人
●神戸市/1,521,362人/9区/同169,040人(注4)
○広島市/1,146,272人/8区/同143,284人
●北九州市/999,835人/7区/同142,834人
○福岡市/1,393,659人/7区/同199,094人
■15都市合計・平均/30,209,063人/164区/同184,202人
(注3)05年4月1日岩槻市合併(お雛入り)⇒岩槻区
(注4)95年1月17日の震災直前の人口に戻る
※すべて05年1月1日の人口である
 いや、もう、区でなくて、一つの独立した「市」になりたいというケースも出てこよう。例えば政令指定都市特別措置ラインの70万人を超えている世田谷区(80万人超)などか?そういう気分になられると、東京都南区の存在は危うくなり、中央、千代田、港あたりと再合併という悲劇を招きそうなのであるけれど、人口4万人超というのは、この2年でボコボコ生まれた無理矢理合併による新市並みの規模でもあるから、この際、思い切って、区ではなく、東京都・南市とでも名乗る方法もあろうか。
 ちなみに、南区を「もっている」のは15都市中6コ(大阪でもミナミ界隈がそうであったが、89年に東区と合区して中央区になってしまった)。(上の○印がもっている都市)また、東西南北にまで広げると、15都市中もっていないのは仙台、千葉(中央区があるけれど)、川崎、北九州(小倉北・南区、八幡東・西区があるけれど)で、東京にもイッコだけあり、何故か、滝野川区と王子区が一緒になったときに、北区という扁平な名をつけられてしまった。その経緯はネットの各サイトを総合すると、桜の名所で名高い王子飛鳥山を冠した区名が最有力候補であったものの、読みづらい、常用漢字ではない、との理由で、現在の北区になったということらしいのだけれど、他(北以外の22区)にはない方角系をわざわざ付けることもないだろうという素人的な疑問が生まれる。同じ方角系にしても、候補として、他にあったという京北区、城北区、東北区でもよかったろうにとも思う。ま、あれやこれやモメテイル状況に嫌気がさして、キタクというところで折り合いをというのも分かる気もするし、飛鳥(アスカ)に対する配慮(遠慮)なのかとも勘ぐるのもよいかもしれない。
 ところで、国や東京都の統計資料などをみると、必ず千代田区から始まり江戸川区で終わっているけれど、これにも法則(決まり)があるらしく、まず、東京の区は15区=1878(明治11)年から始まり、次いで、35区=1932(昭和7)年、そして23区(1947=昭和22年、当時は22区で、ほぼ半年後に、板橋区から練馬区が分かれて23区となる)と変わるが、とりあえず旧15区が優先されていた。まず、麹町区(神田区と一緒になって千代田区となる、皇居、千代田=江戸城所在が大きな理由か、今ではいえば100−0000で始まる郵便番号のような考え方)を起点として「の」の字、つまり、時計回りに描いていく。終点は、今でいうと、江東区(旧深川区+旧城東区)になる。[この時点で、\藺綸超茵聞軣区+神田区)中央区(日本橋区+京橋区)9繕茵兵廼茵榾禀朸茵楡嶌箒茵 た圭俵茵併傭区、牛込区、淀橋区※これは32年にできたので旧ではない)ナ元区(小石川区+本郷区)β翕豢茵弊草区+下谷区)墨田区(本所区+向島区※これも32年生まれ≠旧15区)┨湘豢茵平疾邏茵楙訶豢茴┐海譴睛箒供向島と同じ)の8区、旧であらわすと15区になる]、で、今度は現・品川区を起点に旧15区以外の15区(ややこしいが)を「の」の字に回る…実際、地図上で書いてみると、かなり、いえ相当、下手で、無理矢理な「の」の字になる。このルールに従うと、南区は最後になるのかなぁと、どうでも良いことまで考えさせられる。おそらく、この時計回りはパリ20区を模倣しているのだろう。パリは1区(ルーブル美術館あたり)から右(時計)回りに20区まで、ただし時計回りという表現はせずに、エスカルゴ巻き風というのがパリジャン式(?)らしい。お台場にはパリ21区を称するホテルもあるから、やはり東京都南区は最後に登場するのがよいのかもしれない。
 ただ、仮に南区誕生が実現したとしても、おそらく、南区などという名は採用されないのであろうか。お台場区、ベイ区(パン屋さんみたいだが)、ゆりかもめ区、フジ区(ライブドアはどうするのだろうか)などと、とにかく、区名ひとつ決めるのにも、たいへんな騒ぎであろう。わたくしなどは、だから南区でよいのに(北区の時のような無責任さで)、と思うのだけれど、なかなか、そうはいかないのが、これまで各地で繰り広げられてきた合併論争(実は新たな名づけ論でしかない?)をふり返れば、あきらかであろう。

[大東京35区物語−15区から23区へ−東京23区の歴史](東京都HP/東京都公文書館)
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/01soumu/archives/tokyo_no_ku.htm
[旧15区→35区→23区の別資料]※「誰か昭和を想わざる」という名のサイトから
http://www.geocities.jp/showahistory/history2/07f.html
http://www.geocities.jp/showahistory/history4/showa22.html
[昭和22年、北区になるまでの経緯]※北ケーブルネットワーク蝪硲个茲
http://www.kitanet.ne.jp/~kiya/hometown/topics005.htm
[神戸市の人口、95年震災直前の水準に戻る]
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/013/toukei/pdf/sinsaimaekoeru.pdf続きを読む

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2005.06.19

オーバーユース(過剰利用)について

 6/14付「美・山」において過剰利用について書いたが、記憶があいまいなこともあり、当時のメモなどを検めた。と、いくつか、やはりというべきか、間違いがあったので、訂正しておくことにする。第一に芦生(あしう)の森への入山記録であるが、入山でなく入林であることはともかくも、98年(訪ねたのは99年で、記録はその前年のもの)で2万人(14日には1万5千人と記)と書き留めてあった。また、その観測方法であるが入林記録(正式には入林許可申請書)と出入口に設置されたビデオでもって映し出された頭(あたま)数などを参考にカウントされている。そのうえで、経験値(則)的に5万人(これは記載していなかった)という数値を割り出していた。また、町が主催するツアーはピーク時において3000人を超す参加者を記録し、もともと、個々の勝手な入林を減らそうという意図でもって、しかも、わざわざ料金を徴る(一般の入林はフリー)ことで、入林の抑制をと企画したツアーではあるが、「いつのまにか」、森に詳しいガイド付きが評判となって、かえって、入林を増長することにもなりかねない、ということで、森林の踏み荒らしを防ぐために、新たに影響を最小限に抑えることのできるようなコースを設定したり、ツアー参加人数を減らしたり、そういう工夫をしながら、自然と人間の欲求のバランスを保とうとしていた、と、メモにある。しかし、どうやら状況は(森にとって)良からぬ方向にあることは、前回も紹介したオーバーユースの所見例においても、うかがいしれる。
 森というのは野放しでもいけないそうで、時々(適宜)にヒトの手が入らないと、下草・雑草類が増え、主役たる樹々の新芽が育つのを阻む原因ともなるらしい。とはいえ、適宜を超えれれば、やはり、なんらかの悪影響を与えるのであろう。しかも、超えている分のほとんどは素人であり、物見の気分であるだろうから、利用過剰などということには考えも及ばないのであろう、新芽を踏んだりしても、お構いなく、あら〜、よかった、素晴らしかったで、終わることの方が多いから、森にとってはなんの役にも立っていない。ことごとく、ヒトの存在というのは自然に対して、そういう位置にあると思わざるをえない。おそらく、表面だけでのことではないだろう。もし、地球を最新MRIで輪切りにすれば、その診断結果は、ことごとく「要検(査)」ということなのだろう。ヒトの存在=自然には負荷でしかない、ということを真正面からいっても、極論だというようなことになりかねないので、あえていわないけれども、何もしないより、細かいことでもよいから、自然のために何かしようという考え方は、短期的な実践論としては、妥当な方法なのかもしれない。人は反省の上に立つと仮定すれば、これまで、さんざん汚してきたから、これから、あなたのお掃除に努めますと山をキレイにすることはほめられるべきなのであろう、町や市の標語に「環境との共生」を謳うことは当たり前なのであろう。そういう所作によって、今は乗り越えられるのだろう。しかし、根本は何も変わっていない、むしろ、悪化しているということを、どうするのか、すべて先送り(あるいは未解決、継続審議)しているとするのは、単なる過剰反応、(環境のためになることを)一切、何もしないで、ノホホンとしている無反応者の考えでしかないのであろうか。
 わたくし自身の考えを示せば、わたくしが生きてきた分だけ、自然を壊しているのだから、その(わたくしという)存在がある限り、依然として、破壊作業をし続けているという極論であるから、環境に優しいことをしようね、と誘われても、その方法はたったひとつしかないから、今のところ、丁重にお断りするしかなく、引き続き、破壊者として、存在するしかない。

[オーバーユースの所見例]※6/14付と同じですが。
http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/forestgps/impact.html

Posted at 20:40 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2005.06.18

おにぎりを食むをんな

 最近、駅構内の通路で気持ちよさそうにおみ足を揉んでもらっている光景や車内でぱっぱっとお化粧をされているお姿をよくみかける。前者は、衆目の中(例えば、わたくし)で、よくリラックスできるものだなあと思いながら、前を通り過ぎている。後者は、決して、その行為をダメというふうには断じるつもりはないけれど、揺れる中、手もぶれず、よく描けるものだなあと、向かいの席で感心しながら、観察している。これらだけに限らず、ペットボトルの水を飲む(これは車内の席で)、美味しそうにアイスコーンをほうばる(これは歩きながら)…などの行為もあるけれど、わたくし的に、もっとも注目しているのは標題のおにぎり(おむすび)を駅構内の椅子、あるいは、通りで、歩きながら食べている女性たちである。わたくしは、そのことの良し悪しを書きたいのではなく、手にもっているのが、ハンバーガーや菓子パンあるいは栄養補助用スナックの類ではなく、オニギリというところにたいへん興味をもっている。拙ブログ6/15付でもふれたが「失われていくモノが新しい」という以前、拙HPで書いていた中に「おにぎり(おむすび)」という項がある。チョット引用すると、
《★数年前、東京・新宿の小田急駅に「おだむすび」という店が出来ました。開店当時、おにぎり好きのわたくしは足しげく寄っていました。当時、すでにコンビニなどでおにぎりは販売されていましたが、´↓と矢印にしたがって包装紙を剥ぎ、中にあるパサパサの海苔を本体に巻くという方式の商品ばかりで、美味しくありませんでした。おだむすびは海苔が適度に湿っていて、おにぎり本来の美味しさを保っていたこともあり、わたくしのみならず、買い物途中の主婦やサラリーマンの昼食で繁盛していました。週末には箱根にでも行くのでしょうか、旅装の中年客が持ち帰りの列に並び、嬉しそうに抱えて、改札口に向かう姿も見受けられました。
★ちょっと古い話ですが、15年位前にはおにぎり専門店というのが街にあり、たいてい、おば(あ)チャンが2、3人で店を切り盛りしていたものです。もちろん、おば(あ)チャンの「直(じか)握り」、たまに御飯を型に入れる「成型握り」の店に出くわすと、がっかりしたものです。
★町中にあるハンバーガーやベーグルなどのFF店でもおにぎりが食べられる日を心待ちにしております。…》(02.01.06記)
 上記を書いてから3年ちょっとが経ち、今では街中にその種の店が増殖し、わたくし的には、しめしめ、と、予想どおりになったという自己満足(精神的自己満腹感)と、(美味しい)オニギリがお気楽に手に入るという満足感でいっぱいであるが、それ以上に、食む女性たちをみると、近頃、食の嗜好に変化があるのだろうかという思いがする。「和」傾であることは確かなのであろう。街中を歩いていても、めだつのは洋ではなく和のような印象である。某コンビニにおける年間のおにぎり販売個数は約10億個、つまりココだけで一人につき1ヶ月イッコ近く食べられている(売られている)のだから、やはり、売れている!と思ってよいのだろう。ちなみに、農林水産省の『国民1人・1年当たり供給純食料』(むずしいなぁ…、要するにできた、お米から飼料用とか、来収穫期の籾用などを差し引いて、食料用にした分らしい…よけい分かりづらいか)によると昭和35(1960)年度のお米の消費量は114.6kg、で、平成15(03)年度は61.9kgであるので、おおざっぱにいえば半世紀で半減ということらしい。そのことは、ほかの食べ物が増えたのだから、十分理解できるが、ここ10年ぐらいは微減といっても差し支えなく、しかも、おにぎり(おむすび)用にどれほど振り分けられているかは分からないけれど、この微減の要因におにぎりが寄与していることは確かではないだろうか。食生活が和的(風)に向かっていることは事実ではないかと、少ないデータではあるけれども、うかがい知ることはできる。
 考えてみれば、これ(食)もひとつの繰り返し、積み移しであって、ハンバーガーなどはいっときのモノ、食の歴史という中では瑣末な事項で、いずれ、積み移しから落ち漏れていくのかもしれない。このことは、異文化を受け容れないというような考えのことをあらわしているのでなく、食というのは、そのような文化や価値観の手前に位置しているものであり、飽食といわれる時代に生まれ育ったわたくしたちは、あまりにも速い速度でもって、食のなんたるかをみつめる暇もなく、食の西洋化に走ってきたため、手前にある食という感覚、感性をもたないまま、ずるずると来ていたのかもしれない。それを思うと、「おにぎりを食む」はいったん立ち止まって食のあり方を考えたうえかとも想像できる。ただし、中身(具)がもしかしたら、ツナマヨやハーバーグだったりということだけのことかもしれないから、そう結論づけるには拙速すぎるのであろう。あえて、別の見方をすると、日本というのはNY発に弱いから、5th_ave.あたりで、E・Aの香りを漂わせながら、おにぎりを食んで歩いているニューヨーカー(をんなもヨーカーかな?)がいらっしゃって、それが伝播したのか?どなたか情報があれば、伝えてほしい気もする。
 「和食」…ここまで書いてきて、その定義が揺らいでおり、このことは、また書かなければいけないのだろうと、旬の蚕(ソラ)豆(残念ながら旬ではなく冷凍モノ)を食みながら(もちろん皮ごと食す)、妄想している。食に関しては、皆、一様に、思いが強いはずであるので、以上のわたくしの言など、何の意味もないことであろうが、これから旬の時季、自分にとって美味しいものをたらふく食めるよう、切に願いたい。
農林水産省「国民1人・1年当たり供給純食料」(平成14年度食料需給表より)※データは14年度まで、15年度は別資料(下URL)による。
http://www.kanbou.maff.go.jp/www/anpo/fbs/2-2-9.pdf
[平成15年度食料需給表(概算値)]http://www.tdb.maff.go.jp/toukei/a02smenu2?TokID=H001&TokKbn=B&TokID1=H001B2003-004

Posted at 20:50 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2005.06.15

ハバロフクス

 今夜、拙ブログをみていただいた方のおひとりに、わたくしのとんでもない間違いを教えていただいた。わたくしはHPも一応、継続中なのであるけれど、冒頭の方は拙ブロを拙HPから引き続いて、見ていただいたらしく、そのきっかけがハバロフスクの検索のようでいらっしゃったらしい。で、検索ワードをみると、標題のハバロフクスであった。決して、その方を卑下するのではないのであるけれど、ハバロフクスでもハバロフスクがGETできるのだなぁ、と、ひさしぶりにソッチ(拙HP)の方をのぞいたら、確かに、ハバロフクスと表記してあった。
 先ほど、こっそり、直しておいた。

 ちなみに、拙ブロ5・16付の『May Stream(×) ∩ Meryl Streep』は、その方と同じような思いにあった、わたくしのことを、書いている。そのテのことは存外に多いのかもしれない。わたくしは、イートハーヴとイーハトーヴ、どちらが正しいのか、今でも分かっていない。
 

Posted at 23:25 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2005.06.15

言葉は生きている(変わる)

 標題はわたくしの卒論のタイトルでもある。内容はすっからかんであるが、題もいい加減なものである。さて、数日前、モンカショウ(文部科学相)が従軍慰安婦について、放った言葉、「当時(戦中)、そういう言葉はなかった…」、詳しい内容は分からないけれども、そのあと「そういう事実があったことは知っているけれど、そういう言葉はなかった」と言いたかったとフォロー?していた。確かに言葉というのにも浮き沈みがあり、それは単に流行語というレベルではなく、特に、日常語において多く見られる。それだけ、日常がめまぐるしく移ろいでいるということでもあろう。生活用品にハタキというのがあるけれども、叩(はた)くという言葉は日常、ほとんど使われていない。替わって、ダ※キンする…とでもいうのだろうか。以前、拙HPの方に掲載していた「失われていくモノが新しい」という中では、そうした、今はもうなくなりつつあるモノ、コトについて、これらは単に死語ということではなく、習慣あるいは日常生活の場から姿を消しつつあるモノ、コトばかりであったが、ひょんな拍子から復活することもある…というようなことをダラダラと書いていた。昨日の過剰利用は形こそ異なるけれども、同じような意味あいをもっているつもり(失われることが惜しいというような)で書いていた。消えるものがあれば生まれるものもある、それが日常であり、言葉にも反映される。したがって、言葉は生きている、変わるということである。もはや、社会主義というのは「失」の方であるが、たまにロシア系のネットを眺めていると、ほとんど新語といわれるものは主に英語表記をキリル文字(ロシアにおけるアルファベット)に置き換えているだけの場合が目立つ。そもそも、つい10年ぐらい前には存在しなかったモノ、コトを表記するにはそれしか術がなかったのかもしれない。ちょうど、日本の明治期に自転車、万年筆などが造られたように、もう少し気の利いた名づけようもあったと思うが、日に日に増える速度に追いつくためには、そのような悠長は許されなかったのかもしれない。中には内容(実態)は変わらないものの、表現(言葉)だけが変わっていくこともある。直近の例では、「オレオレ詐欺」が「振り込め詐欺」にいつの間にか変わっていた。話し言葉に限らず、書き言葉(今では打ち言葉かもしれないけれど)の方も勝手に変わっている。行なっている、伴なう、とワープロ上に打つと、「(遣い方が)間違っています」をあらわす蛇状の下(にょろにょろ)線が必ず、わたくしを煩わす。
 先のモンカショウは、言葉は変わるということさえ認識していれば、冒頭のような失言、暴言をすることもなかったのだろう、と、もし、北が、当時「拉致」という言葉がなかった…と吹いたとしたら、中山・モンカショウはご自身、どのように、お考えになるのだろうか。ま、聞こうとは思わないけれど、言葉も変わるが、人もころころ変わる、そういうことを省みた。

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2005.06.14

美・山 … 過剰利用について

 京都というにはどうなのだろうか、むしろ、越(えつ、こし)の国の方が洛内より、はるかに間近にも思える。京都駅からバスに乗るまではよいが、その先は一筋縄ではいかない。改めて、バス運行表を調べてみた。京都駅発⇒周山着(乗換)、周山駅発⇒安掛(乗換)、安掛⇒北というコースであったと思う。所要に3時間少し、まだ雪の降りしきる目的地に着いた頃には辺りはすっかり暗闇に。そうこうまでして、ココに来たのは、仕事としてではあるが、選んで来たという身勝手な事情もある。ある所用で行くことになったが他の場所はともかくも、美山町だけは他の人には譲れなかった。全国に古民家群というのはいくつかあって、例えば、飛騨・白川郷、越中・五箇山、あるいは庄内・田麦俣の多層民家など。美山町にも「かやぶき民家」の集落群があり、年間70万人(03年)の観光客を擁す。いわば、ノスタルジー観光の象徴のような資源であるから、わたくしが訪れた時分(99年)に比べ20万人以上も増えている。ただ、わたくしの目的はココではなく、芦生(あしう)原生林という京都大学農学部が実験用として使用している演習林を一部について、一般に開放している場所であった。といっても、わたくしに原生林など似合うはずもなく、関心はオーバーユース(過剰利用)にあった。過剰利用は尾瀬や富士山でも深刻化しており、つい最近では熊野古道(ふるみち)の苔が行き交う客の足(靴)によって磨耗、消滅させられているというニュースもあった。当時、芦生も関西地方を中心に静かな、しかし確かな足音で秘境スポットとして、知られつつあり、ツアー募集も数多くあった。確かな統計が存在しないのであるが、年間1万5千人という数字を地元の方から聞いたのであるが、同時に、これは入山記録などを残した人の数であるから、実際にはどれほどの人が立ち入っているか分からないというのが本音のコメントであった。当時、尾瀬のみならず、屋久島や白神山地などでも、その手のエコツーリズムもどきによって、無秩序、無計画な観光ツアーが企画され、大勢のエコもどき客が押し寄せていた。より、大仰にいえば、世界のエコツーリズムの代表格ともいわれている遠く南米沖ガラパゴス諸島について、○凹博士は次のように警鐘を鳴らしていた。『エコツーリズムに出かけるのに、ジェット燃料を大量に使っていくとは何事か…』、やや感情的ではあるが、衝撃的な、あるいは象徴的な言葉として、今でも印象に残っている。天売島のオロロン鳥もまさしく、その渦に巻き込まれ、もはや、この先、生き延びる術を失いつつあることは、拙ブログ(2・9付)でもふれた。極端にあらわせば、ヒトが存在する限り環境は破壊の方向にあるといってよく、環境や自然との共生というようなものは単なる幻想なのであろう。また、こうして、芦生の森をブログに出すこと自体、実はオーバーユースをまねくのかもしれない。できれば、そっとしておこうか、と思うところもあるけれど、今年もまた、エコツーの季節が近づくと思うと、書かずにはいられなかった。美山にはまた行きたいと思うけれど、やはり、書いた以上、森には近づかず、山荘から深山に冠ぶる新雪を観ながら、一杯呑むだけにしておこうと、相変わらず堕らしないだけの、わたくしである。
 さて、美山町であるが、06(平成18)年1月1日に、周辺とあわさって南丹(なんたん)市となる。なるほど、ここは、京の北ではなく、丹の南、町の名前から京あるいは京都を外すところに意気(粋)を感じる(最多応募は西京都市であった)。わたくし的には、越の南(ベトナム?)であってもよかったなぁ、と他人事だから勝手な思いをもっている。
[オーバーユースに関する所見例]
http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/forestgps/impact.html
[南丹市合併協議会HP](市名の選考経過について)
http://www.4gp.jp/kyougikai9/meisyou.html

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2005.06.12

うだつ(梲・卯建)

 フェイルセーフ(拙blog、曖・昧・味(I MY ME)6・10付)というのは近代になって突如生まれたことでもないだろう。以前、徳島に行っていた頃、一度は訪れたいと思っていた脇町に最後の頃、駆け込みで実現した。同町の一角に瀟洒な、落ち着いた町並みが残っており、「ウダツの町」として、全国に名高い。ウダツというのは、延焼を防ぐために造作されたもので、同じ意図でもって江戸いろは四十八組で構成されていた町火消しがある(別に本所・深川十六組があったらしい)。映画やドラマでみると、まるで燃えさかる家屋の上でもって纏いを振りかざしているだけのものであるが、画面に映らないところでは、火消し衆が必死でもって、鈎やらなんやらで、延焼を防ぐために、燃えさかる家ではなく、その両隣あたりの燃えていない家を壊しているらしい。燃えていないのに壊されている家の主には納得しがたいことかもしれないけれど、これによって、さらなる被害(延焼)が防ぐことができるのだから、仕方がない、とあきらめるしかないのだろう。仮に鎮火後の検証で、実際には隣家に累が及ばない程度の火事だと結論づけられたとしても、隣家を壊したことは、正しい判断だとされるに違いないだろうし、隣家も火災保険のない時代とはいえ、納得して(させられて)いたはずである。これがフェイルセーフなのであろう。
 しつこいかもしれないけれど、フェイルセーフというのはあくまでも技術上のことであって、人間がその考え方に陥ることはフェイル_フェイル、あるいはフェイル_アウトにすぎないことを肝に銘じておくべきである。人間の心には、そうしたフェイルセーフを凌駕する迷いあるいは矛盾が常に存在し、成長していることを確認しあっておかないと、いつのまにか、セーフはアウトになっている。先の火消しで例えれば、め組の何某かは、隣家がたいへん世話になっている親戚か何かであったがために、壊すのに躊躇があり、また、出火元の燃え具合を職業的、経験的な自己判断から、おそらく延焼はしないで、その前に火は落ちる(鎮火する)だろうという推測(見込み)でもって、放置(壊さない)したとすれば、これは、フェイルセーフの規程を放棄しているとしなければならない。フェイルセーフとはあくまでも第三者的な判断でもって、実行すべき問題であって、だからこそ、技術的な問題であるといえる。決して、人間が判断する問題ではない。今回(JR西、福知山線)の、また、数々の事故(惨事)はフェイルセーフの軽視、否定といったヒトの問題ではなく、そもそも技術(ハード)としてのフェイルセーフが機能していないことから始まっている。そのことを見直さない限り、再び繰り返されることは眼に見えている。昨日、京葉線でイッコ先の駅名を誤って「次は○×」とアナウンスしたことで、何十人かの乗客が本来降りるべき駅の手前駅で降りてしまったというニュースがあった。アナウンスした側(鉄道事業者)には間違った情報を流した際には、制御センターなどが誤情報(アナウンス)を自動察知したうえで、車掌にフィードバックするなどの技術を構築すること(=フェイルセーフ)が求められるだろう(可能かどうかは、わたくしには分からないが)。一方、乗客側には、と考えると、アナウンスだけを信じるのではなく、降りる前に駅を確認する程度のフェイルセーフがあったならばと思うけれど、そもそもヒトにフェイルセーフを求めること自体、困難なのであるから、非はないと考えてよいだろうし、むしろ、繰り返し、しつこいけれども、技術、ハードの方で、そのこと(ヒトにフェイルセーフを求めてはいけない)を含めたフェイルセーフが求められるのであろう。
 ただし、このことはヒトにフェイルセーフを求めてはいけないという決めごとの範囲で言っているのであって、本来はヒトの心の内にもフェイルセーフが備わっていることが、なおセーフティであることは当然である。『ウダツがあがる、あがらない』は金銭の問題(多寡)かもしれないけれど、心にウダツをもつ(あげる)ことは、その限りではない。…

ウダツの街「脇町」「脇町商工会のHP」…今は合併で美馬市となっている
http://www.tsci.or.jp/wakimati/udatu.htm
東京消防庁「消防雑学辞典」…組のことよりも、その中にある町名の豊かさにツイ目が行ってしまう
http://www.tfd.metro.tokyo.jp/libr/qa/qa_03.htm

Posted at 19:25 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2005.06.11

毎日が、行商専用車

 拙ブログ「水な月」(6・3付)で京成電鉄の行商専用車にふれた。まだ、実物を見ていないけれども、想像(妄想)ばかりが膨らんでいる。やはり、一度、見ておくべきなのかもしれない。
 行商というのは、どの範囲までをさすのだろうか、パッと浮かぶのは、富山の薬売り、ろばのパン屋、今風ではお昼時になるとオフィス街にどこからか出動してくる弁当、カレーなどの類を売りに来る車両などである。東京都健康局・保健所が発行している資料の中に「自動車・移動・行商関係営業許可申請等の手引」というのがあったので、これをもとに考えてみる。まず「行商」とは「食品(缶詰食品、瓶詰食品及び容器包装詰加圧加熱殺菌食品を除く。)を人力により移行しながら販売(不特定又は多数の者に対する販売以外の授与を含む。)する形態のものをいう。」とある。ウム、相変わらず表現が分かりづらいので、簡略化すると、缶詰・瓶詰・レトルト類以外の食品を人がある場所まで運んで販売する、ということらしい。重点は「人力による移行」にあるのだろう。残る3業はいずれも、非人力によるものである。ちなみに食品営業自動車は上の「昼時突如出現車両」が該当し、食品移動販売車はろばのパン屋さん、また、移動営業(引車)の極めつけは屋台であろうか。上記資料は食品衛生行政のため、全て食品に限られているが、富山の薬売り(正確には配置売薬)も人力移行であるから、行商と位置づけられよう。食品や薬に限らず、以前は多くの販売が行商あるいは、それに似た形態で行なわれるのが一般的であったように思う。今のように立派なショッピングセンターや便利なコンビニがなかったのだから、また、売る側からみても、自らの商品を町場の小売店や消費者に届けてくれる術もなかったので、いわゆる相対(差し)の商売が当たり前だったのだろう。行商、屋台以外にも露店、立売、旅商などがアチコチで機能していたはずである。範囲を広げるときりがないが、廃品回収、豆腐屋なども人力移行でないにせよ、行商であろう。これから夏にかけて登場する金魚売りや風〜鈴売りも、また、冬の焼き芋屋(夏は氷屋)もれっきとした行商であろう。ここまで、広げると、要するに、「昔は売り手が買い手のところまで来た」が「今は買い手が売り手まで出かけていく」という売買活動(行為)の逆転化現象という、つまらない結論になりそうであるが、仮にそうだとしても、これからの高齢者社会をにらめば、行商ビジネスがいかに重要かがみえてくる思いもする。
 行商専用車はまだ見ていないが、サラリーマンの方たちに眼を転じてみると、皆、毎日、自分の身を売りに通勤しているのだから、行商人となんら変わりがないとも考えられる。したがって、ほとんど例外なく、朝と夕の通勤電車は行商専用車と定義してもよいのかもしれないので、まだ見ていないというのは現実と異なっているのだろうか。わたくしのように不定期に乗車する者は、そのような車両に乗る資格はないから、せめて、時間をずらして、皆さんの邪魔にならないようにしたいとひたすら思うばかりである。
[自動車・移動・行商関係営業許可申請等の手引](東京都)
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/kyoka/leaflet-kyokatebiki021107_2.pdf

Posted at 20:04 | 雑に | COM(0) | TB(0) |