2005.07.30
プロペラ
21日に伊丹から高知龍馬空港に向かった。所用で、そのようなルートを飛んだのではあるが、思わぬことに遭遇した。それがプロペラ機である。わたくしは航空機マニア(ソラちゃん、とはいわないか?)ではないけれども、伊丹で思わず、整備士さんに断って、写真を撮らせてもらった。残念ながら、片翼しかとらえることができなかった。もう、他の乗客は、ほとんどが席に着いており、そういう状況の中で、長々と携帯をかざしている場合ではなかった。
伊丹⇒龍馬に使用されているのは、全日空のHP案内によると機種は「ボンバルディア DHC8−Q400」とあるが、機内リーフレットには末尾が、300であったような気がしてならないので、検めてみると、DHC8-300 Dash8 300という機種があると、「プロペラ旅客機図鑑」に載っていた。拙寫眞からすると、400のようでもあるが、リーフレットだけ、在庫の300を使っていたのか…。手元にある座席表と機体を較べると、やはり400の方のようであるが、DHC8-300 のDash8 400ということかもしれない。そのことは、どうでも良いことではあるけれど。
プロペラ機に乗るのは、(自慢話か)、マイアミ⇒キイウェストのセスナ機以外では、タシケント⇒ブハラ⇒サマルカンド⇒ヒヴァ(空港はウルゲンチ)で計3回経験しているだけである。砂漠の中の飛行場と飛行場を、やはり砂漠ばかりの上空を飛んでいく。15〜20人ぐらいしか乗ることのできない小さな機だから、飛行高度も低い。(タシケント→ブハラ間の)乗客3人の、リラックスした機内から、下をのぞくと、砂のうえに、自分が乗っている機体の影がゆらゆらと、灼熱の中を蛇行していく、そういう様をみながらのたった1時間にも満たない「フライト」であった。拙ブログ「踊る阿呆に観る阿呆(徳島)」(2005/01/19付)で書いたが、伊丹←→徳島ほどの弾丸的(ぴゅっと離陸=発射して、まま、降りる=着弾)感覚はなかったけれども、飛び立つ時の重力感はなかなかのものである。(四国からの帰りは大きな飛行機であったので、そういう醍醐味だけは味わえなかった)わたくしの座席は15A、下の写真がとらえている左翼にくっついて、前面にプロペラが装着されているエンジンタンク部分?の真ん中あたりで、かつ、脚の部分が出入りする位置であったので、着席してからは、着弾まで、じっと、プロペラをみつめていた。といっても、ほとんどの時間は、超高速度で回転するプロペラの向こうが透けてみえる扇風機状態であったので、プロペラをみていたというのは事実に反するのかもしれない。また、離陸直後には、細々しい脚の一部(車輪)がいったん、スッと下に伸びたかと思うと、翻って、脚のほか部分とともに、タンク部分?の中に行儀よく納まっていくさまに、びっくりし、日頃、のんべんだらりと過ごしている、わたくしへの警鐘かとも思い、着陸時はあえて脚を無視し、プロペラだけに目を遣っていた。
四国山地を越える手前で機長のご挨拶があり、今日は気象条件も良好なので、このまま龍馬空港に直行しますと「小型機」あるいはプロペラ機ならではの、小回り性を発揮しながら、猛暑による上昇気流にも邪魔されないで、たった40分の飛行ではあったけれども、ひさしぶりに「のんびり」とした本来の飛行を楽しませていただいた気分になった。
高知については、引き続き、書き留めたいと思っている。市内移動中のタクシーの運転手さんに頂いた「よさこいガイドマップ」によれば、前後夜祭を含め8月9日〜12日がその日(よさこい)に当たる。(毎年同じ)

[プロペラ旅客機図鑑]※更新がされていないので、最新ではないかもしれないけれど、分かりやすく、かつ楽しいので。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~ito-nori/prop100j.html
[全日空の案内]
http://www.ana.co.jp/amu/fleet/q84/main.html
(しつこいけれども)…乗ったのはコッチの会社。
[A-netの案内]
http://www.ank-net.co.jp/co/airplane.html続きを読む
伊丹⇒龍馬に使用されているのは、全日空のHP案内によると機種は「ボンバルディア DHC8−Q400」とあるが、機内リーフレットには末尾が、300であったような気がしてならないので、検めてみると、DHC8-300 Dash8 300という機種があると、「プロペラ旅客機図鑑」に載っていた。拙寫眞からすると、400のようでもあるが、リーフレットだけ、在庫の300を使っていたのか…。手元にある座席表と機体を較べると、やはり400の方のようであるが、DHC8-300 のDash8 400ということかもしれない。そのことは、どうでも良いことではあるけれど。
プロペラ機に乗るのは、(自慢話か)、マイアミ⇒キイウェストのセスナ機以外では、タシケント⇒ブハラ⇒サマルカンド⇒ヒヴァ(空港はウルゲンチ)で計3回経験しているだけである。砂漠の中の飛行場と飛行場を、やはり砂漠ばかりの上空を飛んでいく。15〜20人ぐらいしか乗ることのできない小さな機だから、飛行高度も低い。(タシケント→ブハラ間の)乗客3人の、リラックスした機内から、下をのぞくと、砂のうえに、自分が乗っている機体の影がゆらゆらと、灼熱の中を蛇行していく、そういう様をみながらのたった1時間にも満たない「フライト」であった。拙ブログ「踊る阿呆に観る阿呆(徳島)」(2005/01/19付)で書いたが、伊丹←→徳島ほどの弾丸的(ぴゅっと離陸=発射して、まま、降りる=着弾)感覚はなかったけれども、飛び立つ時の重力感はなかなかのものである。(四国からの帰りは大きな飛行機であったので、そういう醍醐味だけは味わえなかった)わたくしの座席は15A、下の写真がとらえている左翼にくっついて、前面にプロペラが装着されているエンジンタンク部分?の真ん中あたりで、かつ、脚の部分が出入りする位置であったので、着席してからは、着弾まで、じっと、プロペラをみつめていた。といっても、ほとんどの時間は、超高速度で回転するプロペラの向こうが透けてみえる扇風機状態であったので、プロペラをみていたというのは事実に反するのかもしれない。また、離陸直後には、細々しい脚の一部(車輪)がいったん、スッと下に伸びたかと思うと、翻って、脚のほか部分とともに、タンク部分?の中に行儀よく納まっていくさまに、びっくりし、日頃、のんべんだらりと過ごしている、わたくしへの警鐘かとも思い、着陸時はあえて脚を無視し、プロペラだけに目を遣っていた。
四国山地を越える手前で機長のご挨拶があり、今日は気象条件も良好なので、このまま龍馬空港に直行しますと「小型機」あるいはプロペラ機ならではの、小回り性を発揮しながら、猛暑による上昇気流にも邪魔されないで、たった40分の飛行ではあったけれども、ひさしぶりに「のんびり」とした本来の飛行を楽しませていただいた気分になった。
高知については、引き続き、書き留めたいと思っている。市内移動中のタクシーの運転手さんに頂いた「よさこいガイドマップ」によれば、前後夜祭を含め8月9日〜12日がその日(よさこい)に当たる。(毎年同じ)

[プロペラ旅客機図鑑]※更新がされていないので、最新ではないかもしれないけれど、分かりやすく、かつ楽しいので。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~ito-nori/prop100j.html
[全日空の案内]
http://www.ana.co.jp/amu/fleet/q84/main.html
(しつこいけれども)…乗ったのはコッチの会社。
[A-netの案内]
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2005.07.28
ブルーモーメント
最近、凝っている件である。日没後のわずかな間、空が真っ青に化ける瞬間、それをブルーモーメントというらしい。北欧など北に行けば行くほど「きれい」に、「長く」見られるそうであるが、かの地に訪れたのは白夜の季節であったからなのか、わたくしは、全く見た記憶がない、単に空などに興味がなかったということかもしれない。日本では薄暮ともいうらしいが、少しイメージが違う。白夜にあわせて、青夜?、というほど長くないので、青瞬か?20日は大阪のホテルの部屋で眺めていた。しかし、ビルの照明が邪魔をして、なかなか上手く、見ることはかなわなかった。むしろ、ラッシュ時の空港に降り立っていく大小さまざまな航空機の灯の方が目立つばかりであった。翌夕は高知の空を見上げていた。もう、何杯も頂いて、美味しい肴もおなかに収めていたので、なおいっそうきれいに見えた。といっても、まさにモーメント、一瞬のことである。青というのは色彩学的にいえば、寒色系の親分のようなモノ、落ち着き、平静をもたらしてくれる色であるので、暑い夏に青瞬をみることは、存外良いことかもしれない。一方、ブルーモーメントをひきだしてくれる夕陽は赤、橙、黄であり、いわゆる暖色系に属し、情熱、少し間違えれば、暑苦しいことになろう。
14世紀半ば中央アジアの覇権を握ったチムールは青が殊のほか好きであった。サマルカンドを訪ねると、グル・エミル廟やシャッーヒ・ジンダ霊廟など、漠とした砂上で、あの鮮烈なコバルトブルーに出逢うと、ホッとするのは、もしかしたら、色彩学上の効果なのだろうか。ブハラやヒヴァでも同じような環境のうえで、同じような青の爽快さを感じる。遠く丸屋根(ドーム)を眺めることはもとより、ぐっと近づいて、壁面に貼られたひとつひとつのタイルに目を凝らすと、その青さがなおいっそう、浮かびあがって、脳の中に刺すように飛び入ってくる。一様にイスラムあるいはアラブ世界では「青」というのは大切にされているという思い込みが、わたくしの中にはある。
チムールの孫ウルグ・ベクは有能な天文学者でもあったというが、彼も、ブルーモーメントを見ていたのだろうか。そういう、妄想をいだきながら、連夜、空を眺めている。今夜も、そろそろ、その瞬間を迎える。
14世紀半ば中央アジアの覇権を握ったチムールは青が殊のほか好きであった。サマルカンドを訪ねると、グル・エミル廟やシャッーヒ・ジンダ霊廟など、漠とした砂上で、あの鮮烈なコバルトブルーに出逢うと、ホッとするのは、もしかしたら、色彩学上の効果なのだろうか。ブハラやヒヴァでも同じような環境のうえで、同じような青の爽快さを感じる。遠く丸屋根(ドーム)を眺めることはもとより、ぐっと近づいて、壁面に貼られたひとつひとつのタイルに目を凝らすと、その青さがなおいっそう、浮かびあがって、脳の中に刺すように飛び入ってくる。一様にイスラムあるいはアラブ世界では「青」というのは大切にされているという思い込みが、わたくしの中にはある。
チムールの孫ウルグ・ベクは有能な天文学者でもあったというが、彼も、ブルーモーメントを見ていたのだろうか。そういう、妄想をいだきながら、連夜、空を眺めている。今夜も、そろそろ、その瞬間を迎える。
2005.07.18
寫眞
昨日は、写真について、ふれた。繰り返すと、椎名林檎さんのギブスという曲の中に、「写真になってしまうと、(撮られた途端に)わたしは古くなってしまう」という言葉があって、ああ、そのとおりなのかもしれないと、写真を「撮られると、命をとられる」と信じていた昔の(写真創生期)人たちのことを思い起こしていた。古い話であるが、パリに行った時、リュクサーンブール公園前の古本屋だか、雑貨屋での軒先で、段ボールに詰まった古い写真や絵葉書を1葉1フランあるいは1/2フラン(50サンチウム)で売っていたのをみて、しばらく、しゃがみこんで、箱の底まで、探って(漁って)いたことがある。その中には、どういう経路でかは分からないけれど、日本の写真や葉書まであって、いわゆる私信が何十年か経過して、売られていることに、驚いた記憶がある。もう、内容までは憶えていないのだけれど(かすかな記憶の中に、第二次大戦中に母親が息子に印した葉書があったように思う)、今、思えば、何葉か求めても良かったかと、悔やむ部分もあるが、その際に何故買わなかったかについては、今でも、印象に強く残っており、その理由は「怖かった」からである。まだ、旅の途中にあった、わたくしは、もし、その時、その何葉かでも手にして、リュックかなにかに、それらを伴っていくことが、非常に恐ろしいことに思えた。単に臆病者であるということだけなのかもしれないけれど、自らと何の関係も、脈略もない写真や葉書を携えながら、これから、さらなる未知の世界(国、地域、まち、ひと…)へと向かうことが憚られた、確かに、そういう想いがあって、ポケットにあった硬貨を遣うことなく、その店を離れた。わたくしには、写真に写っていた彼ら、彼女らを、あるいは、親しい人に宛てた書き主の想いを引きうけるだけの覚悟もなかっただろうし、なによりも、連れだっていくにはあまりに重い同伴者だったということかもしれない。買わなくて良かったというのが、今の思いである。
わたくしの手元には古い写真がない、もともと写真が嫌いなのかもしれないが、以前には「あった」はずであるが、親であるとか、その累から譲ってもらっていないということもある。昔の自分の写真などは、もういまさら見ても仕方ないことではあるが、林檎さんがいうように写真の中の自分(わたくし)も古くなっているのだろうけれど、今のわたくしも十分古くなっているのだから、見較べて、どちらが古いか、確かめてみたい気もする。
わたくしの手元には古い写真がない、もともと写真が嫌いなのかもしれないが、以前には「あった」はずであるが、親であるとか、その累から譲ってもらっていないということもある。昔の自分の写真などは、もういまさら見ても仕方ないことではあるが、林檎さんがいうように写真の中の自分(わたくし)も古くなっているのだろうけれど、今のわたくしも十分古くなっているのだから、見較べて、どちらが古いか、確かめてみたい気もする。
2005.07.17
いいとこどり
こだわるようだけれども、歴史というのは「積み移し」でしか過ぎないという考えが、まだ、わたくしの動かない頭(脳)の中からとれていない。エクセルで面グラフを書いてみると、基軸を台として、二軸を(台の上に)乗っけたりとすると、とりあえず、地層のような図ができあがる。もちろん、台(基軸)の数値を二軸のものより大きくしなければ、そうはならない。歴史というのは、この面図の姿のようなもので、台は変わらず、単に、二軸の数値が、当然ながら台を超えることなく、上下(変動)しながらも、結局は「出ては消え」の繰り返しを行ない、歴史のページからは失われていく、そういうような仕組みに近いのではないかと、何の意味ももたない面グラフを目の前にしながら思っている。ただ、何の変化も起こらない台と異なり、二軸の方は、それはそれで、時代時代の先端なり、異端に位置しているのであるから、思わぬ「イイ目」を見ることもあり、しばしば、時代の寵児として、「いいとこどり」が可能な存在でもある。較べて、台の方ではというと、ただただ変哲のない台上を、すいすいと泳いでいく「いいとこ乗り」が絶えず存在していることを忘れてはならない。
椎名林檎さんのギブスという詩歌に写真(を撮るのが)大好きカレシがいて、自分(カノジョ)はそれを嫌がる。その理由というのが、写真に撮られた瞬間から、わたしは古くなるから(だからイヤだ)という。考えてみれば、わたくしたちは、生まれたその時すぐに誰か(誰かは分からないけれど)に、撮られているのかもしれない、したがって、その(生まれた)瞬間から、『古くなって』いくのかもしれない。そう思うと、積み移しの論理が何となく、まがいものから真実味を帯びてくる気がする。もちろん、林檎さんはそういう、恣意(的)なこといってないよと言うかもしれないけれど。わたくしたちは生まれることは新しいと思いがちであるが、実は、生まれること=古くなっていくこと(林檎流では写真に撮られること)だと認識しておくことも必要かと思う。もちろん、台上の二軸の重みでもって、わずかながらでも二軸の要素が台中に紛れこむ(あるいは圧=お、しこめられる)こともあろうが、全体的には、台は台として、なんら変わりはないのだろう、それが歴史というもの、そういう、つまらない考えが、とれずに困っている。
もちろん、世の中に絶対ということはないと、林檎さんも仰言っている(ギブス)ので、以上のことは、単なる妄想でしかない。
椎名林檎さんのギブスという詩歌に写真(を撮るのが)大好きカレシがいて、自分(カノジョ)はそれを嫌がる。その理由というのが、写真に撮られた瞬間から、わたしは古くなるから(だからイヤだ)という。考えてみれば、わたくしたちは、生まれたその時すぐに誰か(誰かは分からないけれど)に、撮られているのかもしれない、したがって、その(生まれた)瞬間から、『古くなって』いくのかもしれない。そう思うと、積み移しの論理が何となく、まがいものから真実味を帯びてくる気がする。もちろん、林檎さんはそういう、恣意(的)なこといってないよと言うかもしれないけれど。わたくしたちは生まれることは新しいと思いがちであるが、実は、生まれること=古くなっていくこと(林檎流では写真に撮られること)だと認識しておくことも必要かと思う。もちろん、台上の二軸の重みでもって、わずかながらでも二軸の要素が台中に紛れこむ(あるいは圧=お、しこめられる)こともあろうが、全体的には、台は台として、なんら変わりはないのだろう、それが歴史というもの、そういう、つまらない考えが、とれずに困っている。
もちろん、世の中に絶対ということはないと、林檎さんも仰言っている(ギブス)ので、以上のことは、単なる妄想でしかない。
2005.07.16
暗誦番号
最近困っていることである。金融機関のキャッシュカードにある4ケタ(****)だけの時代から較べると、今は暗証番号やパスワードを都度、要求される時代である。ネットバンキングに、交通機関、宿泊施設の予約に、また、今、目の前にあるパソコンにさえ、ログインする際に「どうぞ」とばかり、要求される(ま、わたくし自身が設定したのではあるけれど)。暗証番号の類はまるきり本人と関わりのない数字などを設定することは事実上不可能である、したがって、多少なりとも関係のありそうな、(本人ではなく、周りの)誕生日とか、好きな数字(ラッキーナンバー)などをもって設定する。中には、ご親切にも、忘れた際のQ&Aまであったりして、例えば、好きな食べ物、行きたい国、といった質問が出され、適当に?答えを入力する。しかし、好きな、とか、行きたいなどという事柄は、残念ながら、状況(時間経過)によって、変わることもあるだろうから、入力時に「イチゴケーキ」だったものが、数ヶ月たつと、「メンタイタラコ」になっていることもあるので、思わず、「メンタイ・・・」と入れても、(パソコンの)向こう側は入力者の好みの変化まで察知していないだろうから、冷たく「不正解」と判断して、受け付けてくれないのだろう。そういう(番号などを失念する)事態を招かないようにと、わざわざ、暗証番号やパスワードをメモ帳か何かに記録して、保存しておこうとするが、これも万が一、「盗まれては」と、保存時にパスワードをかけたりして、その管理のために、さらにメモ帳を・・・という、なんとも変な状況に陥っている。(ちなみに、上記好みは、わたくしのではない)
ITという世界は、まことに本人確認を必要とするところであり、それは構造上、いたし方がないことなのかもしれない。翻って、実世界では、わたくしたちは、本人を確認できる正式(法的)な術をもっていない。わたくしは、自動車免許というものを一度もとったことがないので、過去には、何か本人を証明する際に、免許証をと言われても、ありませんと答えるしかなった。と、相手は「・・・、困りましたねぇ」という顔をされるけれど、ないものはないし、第一、免許証が自分確認になるのであれば、パスポートでも、と思ったけれど、以前は、それがダメであった。本来、日本国旅券というものは海外にいてこそ威力を発揮するものであって、国内では何の意味もない、そういう類のことを言われたこともある。(国外でもたいした威力は発揮しないと思うけれど)確かに、旅券というものはそういう性格のものなので、わたくしには返す言葉がなかったと記憶している。今は、そうでもないらしい。新しい口座をこさえる時もパスポートでOKらしい、最近、新設した口座はたまたま外資系の銀行だったからかとも思ったけれど、それも違うらしい。そればかりか、例えば、健康保険証や年金手帳などの「写真なし」のモノでもOKらしく、実感としては、以前より、本人確認の条件が「ゆるく」なっているようにも思える。仮に、全く縁も所縁もない場所を訪れた際に「自分が自分であることを、どう証明できるのか」、もし、その術をもっていらっしゃる方がいたら、お知らせしてほしい。だから、といって、国民総背番号制を採りいれよ、などといったことは考えたくない。自分(本人)であるかどうかを、証明するということは、(必要であるかどうかは別として)、かなり難易度の高いことではないかとも思う。第一、旅先で、自分がナニモノであるかなどということは、たいした意味をもたないはずであるので、自分が自分である証明など、必要ないのかもしれない。
さて、宿や列車の確保、カードや銀行の資金(というほどのものではないけれど)のチェック、日々、番号を暗誦しているつもりであるが、打ち込んではみたものの、必ず不安になって、カード現物の刻字を確認したり、何重にもガードしたパスワードメモ帳を何枚(ファイル)も開いて、番号が間違っていないかどうか、調べたりしている。わたくしだけでも、上記****以外に、※凹※■※α※、△▼K0むにゃむにゃ、などといった、あまたの本人確認の「術」をもっており、もう、こうなると、どれが、本当の本人なのか、本人にさえ、分からない。
[はやわかり本人確認法(金融庁)]
http://www.fsa.go.jp/honninkakunin/00.pdf
ITという世界は、まことに本人確認を必要とするところであり、それは構造上、いたし方がないことなのかもしれない。翻って、実世界では、わたくしたちは、本人を確認できる正式(法的)な術をもっていない。わたくしは、自動車免許というものを一度もとったことがないので、過去には、何か本人を証明する際に、免許証をと言われても、ありませんと答えるしかなった。と、相手は「・・・、困りましたねぇ」という顔をされるけれど、ないものはないし、第一、免許証が自分確認になるのであれば、パスポートでも、と思ったけれど、以前は、それがダメであった。本来、日本国旅券というものは海外にいてこそ威力を発揮するものであって、国内では何の意味もない、そういう類のことを言われたこともある。(国外でもたいした威力は発揮しないと思うけれど)確かに、旅券というものはそういう性格のものなので、わたくしには返す言葉がなかったと記憶している。今は、そうでもないらしい。新しい口座をこさえる時もパスポートでOKらしい、最近、新設した口座はたまたま外資系の銀行だったからかとも思ったけれど、それも違うらしい。そればかりか、例えば、健康保険証や年金手帳などの「写真なし」のモノでもOKらしく、実感としては、以前より、本人確認の条件が「ゆるく」なっているようにも思える。仮に、全く縁も所縁もない場所を訪れた際に「自分が自分であることを、どう証明できるのか」、もし、その術をもっていらっしゃる方がいたら、お知らせしてほしい。だから、といって、国民総背番号制を採りいれよ、などといったことは考えたくない。自分(本人)であるかどうかを、証明するということは、(必要であるかどうかは別として)、かなり難易度の高いことではないかとも思う。第一、旅先で、自分がナニモノであるかなどということは、たいした意味をもたないはずであるので、自分が自分である証明など、必要ないのかもしれない。
さて、宿や列車の確保、カードや銀行の資金(というほどのものではないけれど)のチェック、日々、番号を暗誦しているつもりであるが、打ち込んではみたものの、必ず不安になって、カード現物の刻字を確認したり、何重にもガードしたパスワードメモ帳を何枚(ファイル)も開いて、番号が間違っていないかどうか、調べたりしている。わたくしだけでも、上記****以外に、※凹※■※α※、△▼K0むにゃむにゃ、などといった、あまたの本人確認の「術」をもっており、もう、こうなると、どれが、本当の本人なのか、本人にさえ、分からない。
[はやわかり本人確認法(金融庁)]
http://www.fsa.go.jp/honninkakunin/00.pdf
2005.07.02
ふ(み)・づき
先月につづいて、月の異名について書くことから、今月も始めてみた。7月は文月(ふづき、ふみづき)といふ。これは、あくまでも陰暦の世界の話であるが、七夕の日、短冊に願いごとを認(したた)めるのも、語源の有力説とある。(語源由来辞典による)もう、そういう、悠長なことは、日々行なっていないが、幼稚園・保育園の前など通ると、今でも竹笹に、思い想いの願いを書いて、ぶら下げている光景にあう程度で、これも特段、意味のあるものとは思えない。めだつのは、商店街の大売出しぐらいであろうか。わたくしたちは、日本三大…という表現が好きであるけれど、七夕は、仙台、平塚(神奈川)、まではスッと認(みと)められるものの、3コ目がなかなか確定できないでいる。いくつかのサイトを参考にしても、3番目は複数の例が並べてあるのが大半である。おそらく、並べられた町及び地元商店街では、わが町が3コ目と必死なのであろう。七夕については、国立天文台が「伝統的七夕」という日を毎年もうけており、今年は8月11日になるそうである。その、設定方法は「処暑(しょしょ)=8月23日(頃)よりも前で、処暑に最も近い朔(さく=新月)の時刻を含む日(日本時間)を基準にし、その日から、数えて7日目」ということであるそうだ。だから、何なの?と思うけれど、同台によると、『その日(伝統的七夕)は梅雨明け後となり、晴天率は高く、また月は夜半前には沈み、その後は天の川がくっきりと見える観察条件となります。この機会に、月や星を見上げてもらうきっかけにして欲しい、そしてできればライトダウンを実施して、無駄な照明を消し、夜空をよく眺められるようにしてほしい、と願っています。』と、その疑問に答えているが、今の都会では、光の前に、ビルが邪魔をして、空が見えないので、せっかくの提案も、あまり有効的ではないかもしれない。だいいち、お☆様がみたければ、山へ来てくださいと、先の七夕目当ての商店街同様、過疎ばかり言われる山間の村がアチコチで大売出しをしている。
ところで伝統的でない、ふつうの七夕(7月7日)頃は「小暑」にもあたる。梅雨も終わりに近く、赤ジソを買い求め、漬けてあった梅にお化粧をする頃、また、暑中見舞いを書こうかという時季である。もちろん、これから、より暑くなるということをわきまえながら、皆、それに備える時期でもある。「家計調査」(総務省)に《この日(前後)しか売れない》というのがあって、例として、ウナギの蒲焼、お盆の時期の切花(供花)、そして、ケーキ(クリスマス)というのがあがっている。これ以外で、成功したのが、バレンタインデー及びホワイトデイ(こっちはイマひとつだが)、失敗したのは…、あまたある。この時期に該当するのはウナギということになるが、まだ早いので、他に該たるものはないかと周りを眺めたら、結構あった。ビヤガーデン、蚊とり線香(薬剤、電子式も蚊)、そ〜めん、クールビズ…、水ようかん、つながりでお中元(やめた方がよいと思うけれど)、プールと、水な月(水無月=6月)をさえ、凌ぐ水(の消費量)でもって、これから先、長〜くて、暑い日をおくりたいと思う。
さて、なにをもって、わたくし的、文月、とするのか、すでに、短冊はアチコチに(年中)ぶら提げてもらっているし、いまさら、ルビコーン河に投げる賽もないので、じっと、この暑さを忍んでいるばかりである。
[語源由来辞典]
http://gogen-allguide.com/hu/fumizuki.html
[伝統的七夕:国立天文台]http://www.nao.ac.jp/tanabata.html
[24節については、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)でどうぞ]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E7%AF%80%E6%B0%97
[家計調査における特異日]かば焼き、切花(供花)、ケーキ
http://www.stat.go.jp/data/kakei/4-3.htm#2
ところで伝統的でない、ふつうの七夕(7月7日)頃は「小暑」にもあたる。梅雨も終わりに近く、赤ジソを買い求め、漬けてあった梅にお化粧をする頃、また、暑中見舞いを書こうかという時季である。もちろん、これから、より暑くなるということをわきまえながら、皆、それに備える時期でもある。「家計調査」(総務省)に《この日(前後)しか売れない》というのがあって、例として、ウナギの蒲焼、お盆の時期の切花(供花)、そして、ケーキ(クリスマス)というのがあがっている。これ以外で、成功したのが、バレンタインデー及びホワイトデイ(こっちはイマひとつだが)、失敗したのは…、あまたある。この時期に該当するのはウナギということになるが、まだ早いので、他に該たるものはないかと周りを眺めたら、結構あった。ビヤガーデン、蚊とり線香(薬剤、電子式も蚊)、そ〜めん、クールビズ…、水ようかん、つながりでお中元(やめた方がよいと思うけれど)、プールと、水な月(水無月=6月)をさえ、凌ぐ水(の消費量)でもって、これから先、長〜くて、暑い日をおくりたいと思う。
さて、なにをもって、わたくし的、文月、とするのか、すでに、短冊はアチコチに(年中)ぶら提げてもらっているし、いまさら、ルビコーン河に投げる賽もないので、じっと、この暑さを忍んでいるばかりである。
[語源由来辞典]
http://gogen-allguide.com/hu/fumizuki.html
[伝統的七夕:国立天文台]http://www.nao.ac.jp/tanabata.html
[24節については、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)でどうぞ]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E7%AF%80%E6%B0%97
[家計調査における特異日]かば焼き、切花(供花)、ケーキ
http://www.stat.go.jp/data/kakei/4-3.htm#2
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