2005.10.31
離れゆく火☆☆☆
満月(十五夜)の次に現われるのが十六夜(いざよい)、今夜の火星は、さしづめIZAYOI-MARSか。ただし、軍神でなく、農業の神として、あがめたい。2年2ヶ月後の宵を、また、眺めることができれば良い。
☆☆☆
TRISTAR_S(月金火)つながりで、昨夜の拙ブロにトラックバック。
http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-121.html
ついでに月金火(05.10.12付)にもトラバーユ。
http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-112.html
☆☆☆
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ついでに月金火(05.10.12付)にもトラバーユ。
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2005.10.30
DC10の引退
以前、プロペラ機に乗ったということを書いた。(拙ブロ05年7月30日付、プロペラ)、今朝、ネットニュースでDC10が引退するという記事を見て、決して、航空機マニアではないけれど、書く気になった。10年ぐらい前か、所用で三沢空港へはよく通い、仕事を終えて、帰る最終便が出る前のひとときを、レストランの窓際にあるカウンター席に座り、ビールを呑みながら、訓練から帰ってくる自衛隊機、時々USアーミー機を眺めながら過ごすのが楽しみであった。その日も、いつものように航空ショーを堪能したあとに、空いているはずの機内に乗り込むと、ほぼ満席状態に驚き、しかも、客層が異なっている。この便はちょうど今頃であると、奥入瀬渓谷の紅葉観光ツアー客が加わるものの、その日はそういう時節ではなく、通常の顧客〜横田ベース行きの直行便に乗れなかった(私用の)米軍関係者そして、わたくしのような仕事族と決まっており、ポツポツというのが日常における便のはずであった。首をかしげながらいると、それに呼応するように、L1011トライスター…通称エルテン(L10)の最後の上り便(羽田行き)だとアナウンスが聞こえて、納得したことがある。もう、機内はその筋の方のサロンと化しており、わたくしなど小さく座っているしかなかった。機長さんのご挨拶も普段にもまして、昂揚しており、そのような空気のまま、羽田まで、いつもなら先を急いで降りようとする乗客の姿は少なく、いつまでも、そこにいたいという熱い気持ちだけが残っていた。エルテンでは立つたびに上部の棚に頭をぶつけたことを思い出す。最近、那覇がらみもあり、飛行機に乗る機会が多くなったけれど、そのたびに、機内受像機(テレビ画面?)に映っている着陸時の様子⇒スポット(ターミナルへの接着場所)に向かう機を誘導している人に目がいってしまう。フラッグをもった両腕を前後上下左右に振っている姿が、どうしても気になり、周りの乗客の方が、シートベルト着用のサインが消えるか消えないうちから、パイナップルや泡盛の詰まった荷物を上の棚から降ろして、自らも降りようと、わさわさしている中、わたくしは、座したままでいる。座席指定の際、ふだん、通路側を要求するので、窓側にいらっしゃる方には迷惑なことだろう、と、思いながらも、しばらく、動かないでいる、わたくしである。
桜坂劇場で観た『海流』の中に、羽田(東京国際空港)の場面が出て、背後からマニラ発〜ナハ経由のノースウエスト○△便の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた、今の羽田は国際空港というには?で、むしろ、航空機もみられるショッピングセンターという感じであるが、当時は、東京ひいては日本の玄関口として、大いに賑わっていたのだろう。
試しにJALのHPでインチョン(韓国)→成田最終便という31日の952便をみると、まだ若干空席があった。その前後の950便(737)や954便(767)が満席であることを考えると、なんだか寂しい気もするが、イマドキ、もう流行らないのかもしれない。ひと時代が終わった、L10も、DC10も、そして、YS11も、その運命には逆らえないのだろう。
桜坂劇場で観た『海流』の中に、羽田(東京国際空港)の場面が出て、背後からマニラ発〜ナハ経由のノースウエスト○△便の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた、今の羽田は国際空港というには?で、むしろ、航空機もみられるショッピングセンターという感じであるが、当時は、東京ひいては日本の玄関口として、大いに賑わっていたのだろう。
試しにJALのHPでインチョン(韓国)→成田最終便という31日の952便をみると、まだ若干空席があった。その前後の950便(737)や954便(767)が満席であることを考えると、なんだか寂しい気もするが、イマドキ、もう流行らないのかもしれない。ひと時代が終わった、L10も、DC10も、そして、YS11も、その運命には逆らえないのだろう。
2005.10.27
1959年=昭和34年(那覇中心徒歩記)
という年を少し調べてみた。改正計量法が施行=メートル法全面実施(1月1日)、キューバ革命でカストロ首相誕生(2月16日)今もご健在、伊勢湾台風(9月26日)などなど、山口百恵さんが生まれ、フランク・ロイド・ライト(建築家=以前の帝国ホテルを手がけた)が亡くなっている。ビリー・ホリデイも。天覧試合もご成婚も。十枚目(十両)で大鵬幸喜が優勝している。翌場所(1月)幕内入りを果し、敢闘賞。ついでに記せば、巨人は優勝(日本一は逃した)、タマゴは1コ15円ぐらい、玉子焼きは分からない?。愛知県挙母(ころも)市が豊田市に改名(衣替え)。アラスカがアメリカの49番目、ハワイが50番目の州となっている。第1回日本レコード大賞は水原弘の歌った「黒い花びら」、大阪〜名古屋間に新型のビスタカー(近鉄)が走る、ギザ10に替わり、ギザなし10が発行される・・・、あげていけば、きりはないけれども、『海流』はそのような社会背景の中で撮影された映画である。思い出す範囲では、往時の桜坂ならびに市内の様子、摩文仁(まぶに)の丘、世界遺産にもなっている中城(なかぐすく)、万座毛、そして、首里城のない首里の丘、というよりも、守禮之門しかない。ここから、那覇市内にはビルはなく、ほとんど平屋か二階家程度なので、わたくしが西(イリ)のアザナで見た慶良間諸島が、より鮮明に、大きく浮かんでいた。(もっとも、映画だから、サイズも大きく、見えるためだろうけれど)ここ(守禮之門)で、主役の大木実が、ヒロイン岡田茉莉子に、あの島に米軍が初めて上陸したのですね、と、初めて知った、わたくし。
海流を観る前、山羊料理屋さんで前夜お会いした方と偶然、桜坂から市場へ入る境付近で、昨日はどうも、と、聞くと、今、一回目を観てきたといい、「良かったですよぉ」と、向こうはこれから市場へ、コッチは市場から桜坂へ。その日の夜、再び、山羊屋さんで、海流の話を。翌夜の話であるが、別の映画を観たという方が、やはりというのだろうか、観客は自分を含めても5人ぐらいという状況をお聞きして、海流は少なくとも20人以上はいたと、何度か、後ろを振り返りながら、そして、作品が終わったあと、数えた限りでは、いらっしゃったから、やはり、別物の映画だったのだろう。上映中も、ひそひそと、あそこだねぇ、と、わたくしにさっぱり分からないけれども、銀幕内の那覇及びその周辺を同時代人、同空間者として、くらしていた60代、70代の観客の声が、スクリーンよりもむしろ、わたくしにとっては、上物の作品であったかもしれない。
海流を観る前、山羊料理屋さんで前夜お会いした方と偶然、桜坂から市場へ入る境付近で、昨日はどうも、と、聞くと、今、一回目を観てきたといい、「良かったですよぉ」と、向こうはこれから市場へ、コッチは市場から桜坂へ。その日の夜、再び、山羊屋さんで、海流の話を。翌夜の話であるが、別の映画を観たという方が、やはりというのだろうか、観客は自分を含めても5人ぐらいという状況をお聞きして、海流は少なくとも20人以上はいたと、何度か、後ろを振り返りながら、そして、作品が終わったあと、数えた限りでは、いらっしゃったから、やはり、別物の映画だったのだろう。上映中も、ひそひそと、あそこだねぇ、と、わたくしにさっぱり分からないけれども、銀幕内の那覇及びその周辺を同時代人、同空間者として、くらしていた60代、70代の観客の声が、スクリーンよりもむしろ、わたくしにとっては、上物の作品であったかもしれない。
2005.10.23
那覇中心徒歩記
半日、市場をうろついていた。まだ、知らなかった通りが幾く筋も存在していて、歩けば歩くほど、また、新たな発見をする。松尾市場(?)はほとんど通行人が絶えて、それでも、地元の方がお惣菜を買い求めている光景が、まことに静かで、迷い込んだ、わたくしも、閉じているお店などをのぞきこみながら、ただ、歩くばかりであった。第一公設の喧騒さはまったくないけれども、そのことが心地よいのはいうまでもない。ホテル前の希望ヶ丘公園を歩いてみる。さして広くないし、これといった見物(みもの)もない。ただ、テンブスをはさんで国際通りがあるとは思えない静寂がある。第一公設と松尾市場の関係と似ているともいえる。丘の上に立つと、牧志あたりの家並が望めて、そのゴチャゴチャとした賑やかさが実感できる。樹木には鳥たちの軽快なさえずり声が周囲に響き、夏とも、秋とも表現しにくい気候の中で、ここでもまた、ただひたすら、眼下のくらしを見つめるばかりであった。
日が暮れる前にはもう、山羊屋さんに向かい、懐かしいお顔と再会、そして、また、新たな一夜が始まった。
(05.10.22)…ただただ、日記風に書くばかりである。
[GOCYA−GOCHA]
日が暮れる前にはもう、山羊屋さんに向かい、懐かしいお顔と再会、そして、また、新たな一夜が始まった。
(05.10.22)…ただただ、日記風に書くばかりである。
[GOCYA−GOCHA]

2005.10.22
那覇中心徒歩記
19日に見上げた月と火星を、少し移動して、見る。20日に二たび那覇へ。北谷(ちゃたん)の海岸脇で夕日を見、ブルーモーメントをはさんで、宵の明星を。ここは西海岸なので、あいにく、月と火星は見えないが、市内に戻り、泡盛と料理で満足した後の、帰るユイレールの駅から東の空を。まことに美事な二つの天体があった。これから、数日、那覇市内の中心地をしばらく歩いてみるつもりである。
2005.10.19
月火
久方ぶりに晴れた夜空を月と火星が寄り添うように、しかも、次第にその距離を東から南へと移動しながら、縮めている。今は、
○.
ぐらいである。彼女、彼らは、自らを律する気持ちでもって、天空の決まった座軸に位置しており、わたくしのように、ふらふらとしてはいないし、止まる(淀む)こともないのだろう。月は雲のない空さえあれば、毎日お会いできる(新月は別)、火星は2年と2ヶ月たてば、再び、今頃の程度にはお近づきになれるのだろう。それに比べれば、ヒトなどというのは、動きが読めない、分からないということなのだろうか。いや、宇宙の先からみれば、ヒトの動きなど、月や火星のダイナミックさに比べれば、微塵にもならないのだろう。
17日が満月であるから、今夜は立待ち月、今のわたくしの心境にほど近い、素的な月である。明晩は、少し距離を移動して、空を見上げる。
○.
ぐらいである。彼女、彼らは、自らを律する気持ちでもって、天空の決まった座軸に位置しており、わたくしのように、ふらふらとしてはいないし、止まる(淀む)こともないのだろう。月は雲のない空さえあれば、毎日お会いできる(新月は別)、火星は2年と2ヶ月たてば、再び、今頃の程度にはお近づきになれるのだろう。それに比べれば、ヒトなどというのは、動きが読めない、分からないということなのだろうか。いや、宇宙の先からみれば、ヒトの動きなど、月や火星のダイナミックさに比べれば、微塵にもならないのだろう。
17日が満月であるから、今夜は立待ち月、今のわたくしの心境にほど近い、素的な月である。明晩は、少し距離を移動して、空を見上げる。
2005.10.18
海流〜桜坂
先月、那覇を訪れた際、ほんのわずかな時間だけれども、桜坂劇場で過ごしていた。その時の拙ブログには、(劇場の)壁のポスターをみて、『海流』という映画を観てみたいが、そのために、ここまで来ることは叶わ(適わ)ないだろうと書いた。が、どうやら、適うかどうかは別として、叶いそうである。12日以降、夜空のショウは望めなかったけれど、それにかわる素的な鑑賞が実現しそうである。上映は22日から、実は、8月に《おきえい通り夏まつり》で野外上映会が行なわれた(らしい)。(↓桜坂劇場サイト参照)ほぼ半世紀前の那覇そして周辺の風景が再現された。地元の方には及ばないけれども、わたくしもタイムスリップしてみたいと思う。
[海流にまつわる・お話〜桜坂劇場サイト]
http://www.sakura-zaka.com/lineup/m0510/051022_kairyu.html
[市場、そして、桜坂あたり(那覇周辺印象雑記◆法http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-109.html
[海流にまつわる・お話〜桜坂劇場サイト]
http://www.sakura-zaka.com/lineup/m0510/051022_kairyu.html
[市場、そして、桜坂あたり(那覇周辺印象雑記◆法http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-109.html
2005.10.17
二度目の秋
9月に訪ねた際、阿波連ビーチに向かう途中で見た田に稲穂が、やはり、二度目の収穫を控えたお米たちだったのか、もう、ひと月ほど経過し、立派になったなぁと関心?した。沖縄ではほとんどご飯を食べることはなかったけれど(タイ米原料の泡盛は別だけど・・・)、次回はぜひ、秋の収穫をごちそうになろうと、送られてきた山あいの稲田風景をながめていた。
[渡嘉敷島・阿波連への稲田道]
http://sunflower2840.ti-da.net/e530544.html
[渡嘉敷島・阿波連への稲田道]
http://sunflower2840.ti-da.net/e530544.html
2005.10.15
焼尻、山羊屋さんでの会話…古譚、龍潭…
焼尻に渡られた小納(こな)家のもとは加賀の国塩屋村(現加賀市塩屋町)に生まれた(初代)宗吉さんが最初であり、ゆえに塩屋先祖と呼ばれる。正次さんによる『焼尻島残影』には詳しく、同家の流れが著されている。正次さんのお父様は月津村(現小松市)の生まれで、宗吉さんの筋に当たるミヨさんと結ばれる。同著には入夫とある、すなわち入り婿であろうか。わたくしの祖父は舟行商人で、半島と半島を行き来し、売り先に通っているうちに、祖母と知り合って、居ついたと聞いている。いわば入夫であろう。以前は、そういう婚姻形態も多かったのだろうか、あるいは、業を営んでいて、たまたま男世継ぎがいない家では必然だったのかもしれない。ただし、わたくしの祖母家は単なる貧しい半農半漁の家であったので、やはり、居ついたというのが妥当であろうか。それはともかくも、仕事関係のお知りあいに加賀の方がいらして、塩屋のことをお聞きした。もちろん、よく知っていらして、よく海水浴に行ったと仰言っていた。引き続き、塩屋については調べてはいるものの、情報が少なく、先ほどの加賀の方に言われたように、一度、行かなければ、始まらないということだと、いつ、行けるのか、その機会をうかがっている。実は沖縄の島々を訪ねている間も、天売あるいは焼尻のことを考えながらいた。もし、焼尻が、例えば、那覇の沖合いにぽ〜んと浮かんでいたならなどと妄想していた。あの(焼尻)平坦さといい、樹木の多さといい、訪ねた神々の島、久高を思わせるといいたいところであるけれども、それこそ、ジグソーパズルで、最初の1片を間違った箇所に置くようなもので、その後の埋め合わせ作業を無にして、最後の一片を手にもったまま、自分の浅はかさに気づくようなものであろう。
ただし、北海道(アイヌ)と沖縄(リュウキュウ)には共通点が感じられよう。ただ、そう断じたものの、未だに、決定的な裏づけはない、というのが現状である。再び、山羊屋さんでの会話。お相手は宮古ご出身の方(宮古には川はないが・・・を教えてくださった方)である。そういう話になった、すなわち、アイヌとリュウキュゥアン(RYUKYUAN)が似ているという話題についてである。常々、両者の共通項を思っていらっしゃると仰言られたので、わたくしも、返して、古譚のタンと、風譚のタンは同じかもしれないですねえ、と。しばらく、双方とも黙考したすえ、ほぼ同時に、宮古の方は「タンゴ」と発せられ、わたくしは「タング」と。このことについての会話はそこで御仕舞、この先は、お互い、それぞれ、また、考えましょうということになった。同じリュウタンでも、首里城脇のお池は龍潭である。コタンは古潭と表わす場合もある。しばらく、譚あるいは潭についても、考えたいと思っている。
ただし、北海道(アイヌ)と沖縄(リュウキュウ)には共通点が感じられよう。ただ、そう断じたものの、未だに、決定的な裏づけはない、というのが現状である。再び、山羊屋さんでの会話。お相手は宮古ご出身の方(宮古には川はないが・・・を教えてくださった方)である。そういう話になった、すなわち、アイヌとリュウキュゥアン(RYUKYUAN)が似ているという話題についてである。常々、両者の共通項を思っていらっしゃると仰言られたので、わたくしも、返して、古譚のタンと、風譚のタンは同じかもしれないですねえ、と。しばらく、双方とも黙考したすえ、ほぼ同時に、宮古の方は「タンゴ」と発せられ、わたくしは「タング」と。このことについての会話はそこで御仕舞、この先は、お互い、それぞれ、また、考えましょうということになった。同じリュウタンでも、首里城脇のお池は龍潭である。コタンは古潭と表わす場合もある。しばらく、譚あるいは潭についても、考えたいと思っている。
2005.10.14
言い換え語
これまた、訳の分からない日本語のひとつである独立行政法人・国立国語研究所の話題から。
[2005.10.6 第4回 「外来語」言い換え提案 (中間発表)]→(言い換え語提案としては)[皇紀とはいわないけれど、せめて、平成壱拾七年壱拾月(とはいわないけれど)六日、第四回…ぐらいにしてから、提案してほしいし、]、(,)はやめて(、)にしてほしい。というのは、単に、わたくしの訳の分からない言いがかりとしても、何故、外来語を言い換えなければいけないのか、そのあたりを考えてみたい。
[第4回 「外来語」言い換え提案── 分かりにくい外来語を分かりやすくするための言葉遣いの工夫 ──(中間発表)]
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian4_tyuukan/iikaegotou_dic.html
で、今回(第四回)、気になった言い換えの提案について、いくつか、考えたい。↑URLの目次の中に「提案した語の一覧』というのがあり、さらに、理解度順をクリックし、そこを眺めている。理解度とは、そもそも言い換えの背景にある「分かりづらいから、言い換えよう」を示すデータである。四つ星評価で、☆☆☆★が最低点、すなわち分かりづらい外来語ということになる。今回は、22個が該当する。ちなみ、★ひとつは理解度25%未満ということである。
オーガナイザー⇒まとめ役、世話役。…それ(言い換え語)では、まるで談合、わざわざ、外来語にしているところに意味があるような気もするが(…以降は、わたくしの感想、以下同じ)
オーナーシップ⇒所有権=経営などにおいて、所有者である権利、または、主体性=援助に頼らず、自立して主体的に取り組むこと。企業は経営者のものか、株主のものか、今どきの言葉でもあるけれど、この言葉(外来語の方)は会員制リゾートなどで用いられる場合もあるので、もっと、お気楽(リラックスできるよう)な言い換えはないものなのだろうか。
オフサイトセンター⇒原子力防災センター。…これは、わざと分かりにくくしたのではないかと思われるけれども。
コージェネレーション⇒熱電併給(電気と熱とを同時に作り出して供給すること=熱電同時供給)。…資源の有効活用のためにおおいに進めていくべきことであるが、ネツデンヘイキュウは日本語として、何となく貧相な気もするが。
センサス⇒大規模調査…これも今どきな話題、国勢調査というのは5年に一度行なわれているが、結果の確定も5年に一度、今年行なわれた結果は5年後にしか分からない。センサスというのはコンセンサス(言い換え語は、合意、ということで)を得るための資料というけれども、5年前のデータを出されて、これで、ご理解くださいといわれても、困るだろう。
フリーランス⇒自由契約。…と聞いて、ビクっとするのは野球選手か?フリーランスであっても不自由は多いと思うけれども。あるいは、(雇用側が自由に契約を切れるの意か)
最後は、ヒートアイランド⇒都市高温化。または、熱の島、…それでは余計理解しづらいのではないだろうか。
言葉というのは生きている、あるいは変化していくということを少しでも認めれていれば、単に分かりづらいからという理由だけで、拙速に、言い換えようという考えには至らないと思うのであるが、一体、この活動は誰が、どういう理由でもって、行なわれているのか、さっぱり分からない。(一応、国立国語研究所「外来語」委員会設立趣意書に、その旨が記されているけれど、それでも、さっぱり分からない)
最後にコッケンのトップページの内容を言い換えてみました。(ただし、日付や句読点はそのままです。面倒なので)※05年10月14日現在)
巧みなことに、以下の外来語については、コッケンの第1回から、今回の第4回までに言い換え提案されていない。その理由は、理解度が★★★★だから、と、言われるだろう。そうでもない言葉もいくつか見受けられるが、仮にそうだとしても、例えば、テレビにしても、パソコンにしても、当初は言葉として理解度が低かったのであろうが、今では「立派な日本語になっている」ことを考えれば、上記、外来語も、いつかは、理解度を高めることもあろう。今になって、(外来語を言い換えようと)、何を急いでいるのか、そのことが、よく分からない。言葉というのは、生きている、変化する、そういうものである。
[独立行政法人・国立国語研究所HP]
http://www.kokken.go.jp/
[コッケンのHPトップを言い換え提案]
サービス御奉仕(されていないが)停止のお知らせ
平成17年10月28日(金)19:00〜平成17年10月29日(土)19:00
設備点検のため、国立国語研究所の全サービス御奉仕を一時停止いたします。
この間Webページ・・・困ったね、保留ということで。の表示やメール電子的信書の配送を行うことができません。
大変ご迷惑をおかけいたしますが,ご了承ください。
2005.10.6 第4回 「外来語」言い換え提案 (中間発表)
2005.10.3 催し物:第28回「ことば」フォーラム公開討論会(名古屋国際センター中心(中国語借用),11月5日開催)の御案内
テーマお題目は,「外来語の過去・現在・未来」です
2005.9.30 国立国語研究所 情報資料検索システム体系<実験公開中>
国語研究所が作成した研究資料やデータ資料(前の語と同じになってしまう)についての目録情報の一部がサンプル標本として検索できます
2005.9.6 「言語データベース資料台帳かなとソフトウェア降参!」
言語研究用データ・ソフトウェア(既出)の新規公開,更新(語種辞書『かたりぐさ』など)
2005.8.18
連携大学院:第7回日本言語文化研究会(政策研究大学院大学, 9月3日)のご案内
2005.8.17 催し物:第27回「ことば」フォーラム(既出)(北海道大学,9月18日開催)の御案内
テーマ(既出)は,「伝え合いの言葉」です
2005.7.1 日本語教育年鑑情報検索を追加しました。
日本語教育関係論文の書誌情報が検索できます。
2005.7.1 刊行物:『外来語に関する意識調査II(全国調査)』
外来語について国民の意識を探る2回目の全国調査の結果です。
2005.6.16 連携大学院:日本言語文化研究プログラム次第書、あるいは→課程、以下の語と重なるが(博士課程)
平成17年度募集の願書受け付けは終了しました。
2005.4.6 所長の交替:杉戸新所長からのごあいさつ
2005.3.31 「ことばに関する新聞記事見出しデータベース(既出)」
簡単検索の画面を新設し,2001年,2002年のデータ(既出)を追加しました。
2005.3.29 刊行物:『日本語ブックレット小冊子2002 改訂版』
2004.12.24 一橋大学との連携講座「日本語教育学位取得プログラム(既出)」
を平成17年(2005年)4月から始めます。
2004.12.20 「言語データベース(既出)とソフトウェア(既出)」
研究用言語資源のページ頁としか言いようがないが、ここでは、あえて、葉を公開しました。
2004.12.14 「写真で見る国語研究所の歴史」 (研究所の紹介>概要)
2004.10.8 第3回 「外来語」言い換え提案 (10月8日発表)
2004.6.29 刊行物:行政情報を分かりやすく伝える言葉遣いの工夫に関する意識調査(自治体調査)
2004.4.26データ(既出)公開:『日本語話し言葉コーパスこれは外来語でも日本語でも理解不能な言葉かもしれない。ちなみに英和辞書をひくと、CORPUS身体、死体...、ここでは集成としておく』公開のご案内
2004.3.26データ(既出)公開:「学校の中の敬語」調査(アンケートこれはフランス語enquête、もう、これは言い換えることもないのであろうか、降参!!調査)
本日の拙ブログ簡易版私的電子記録板は、いつにもまして、日本語が乱れているような気がしてならない。続きを読む
[2005.10.6 第4回 「外来語」言い換え提案 (中間発表)]→(言い換え語提案としては)[皇紀とはいわないけれど、せめて、平成壱拾七年壱拾月(とはいわないけれど)六日、第四回…ぐらいにしてから、提案してほしいし、]、(,)はやめて(、)にしてほしい。というのは、単に、わたくしの訳の分からない言いがかりとしても、何故、外来語を言い換えなければいけないのか、そのあたりを考えてみたい。
[第4回 「外来語」言い換え提案── 分かりにくい外来語を分かりやすくするための言葉遣いの工夫 ──(中間発表)]
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian4_tyuukan/iikaegotou_dic.html
で、今回(第四回)、気になった言い換えの提案について、いくつか、考えたい。↑URLの目次の中に「提案した語の一覧』というのがあり、さらに、理解度順をクリックし、そこを眺めている。理解度とは、そもそも言い換えの背景にある「分かりづらいから、言い換えよう」を示すデータである。四つ星評価で、☆☆☆★が最低点、すなわち分かりづらい外来語ということになる。今回は、22個が該当する。ちなみ、★ひとつは理解度25%未満ということである。
オーガナイザー⇒まとめ役、世話役。…それ(言い換え語)では、まるで談合、わざわざ、外来語にしているところに意味があるような気もするが(…以降は、わたくしの感想、以下同じ)
オーナーシップ⇒所有権=経営などにおいて、所有者である権利、または、主体性=援助に頼らず、自立して主体的に取り組むこと。企業は経営者のものか、株主のものか、今どきの言葉でもあるけれど、この言葉(外来語の方)は会員制リゾートなどで用いられる場合もあるので、もっと、お気楽(リラックスできるよう)な言い換えはないものなのだろうか。
オフサイトセンター⇒原子力防災センター。…これは、わざと分かりにくくしたのではないかと思われるけれども。
コージェネレーション⇒熱電併給(電気と熱とを同時に作り出して供給すること=熱電同時供給)。…資源の有効活用のためにおおいに進めていくべきことであるが、ネツデンヘイキュウは日本語として、何となく貧相な気もするが。
センサス⇒大規模調査…これも今どきな話題、国勢調査というのは5年に一度行なわれているが、結果の確定も5年に一度、今年行なわれた結果は5年後にしか分からない。センサスというのはコンセンサス(言い換え語は、合意、ということで)を得るための資料というけれども、5年前のデータを出されて、これで、ご理解くださいといわれても、困るだろう。
フリーランス⇒自由契約。…と聞いて、ビクっとするのは野球選手か?フリーランスであっても不自由は多いと思うけれども。あるいは、(雇用側が自由に契約を切れるの意か)
最後は、ヒートアイランド⇒都市高温化。または、熱の島、…それでは余計理解しづらいのではないだろうか。
言葉というのは生きている、あるいは変化していくということを少しでも認めれていれば、単に分かりづらいからという理由だけで、拙速に、言い換えようという考えには至らないと思うのであるが、一体、この活動は誰が、どういう理由でもって、行なわれているのか、さっぱり分からない。(一応、国立国語研究所「外来語」委員会設立趣意書に、その旨が記されているけれど、それでも、さっぱり分からない)
最後にコッケンのトップページの内容を言い換えてみました。(ただし、日付や句読点はそのままです。面倒なので)※05年10月14日現在)
巧みなことに、以下の外来語については、コッケンの第1回から、今回の第4回までに言い換え提案されていない。その理由は、理解度が★★★★だから、と、言われるだろう。そうでもない言葉もいくつか見受けられるが、仮にそうだとしても、例えば、テレビにしても、パソコンにしても、当初は言葉として理解度が低かったのであろうが、今では「立派な日本語になっている」ことを考えれば、上記、外来語も、いつかは、理解度を高めることもあろう。今になって、(外来語を言い換えようと)、何を急いでいるのか、そのことが、よく分からない。言葉というのは、生きている、変化する、そういうものである。
[独立行政法人・国立国語研究所HP]
http://www.kokken.go.jp/
[コッケンのHPトップを言い換え提案]
平成17年10月28日(金)19:00〜平成17年10月29日(土)19:00
設備点検のため、国立国語研究所の全
この間
大変ご迷惑をおかけいたしますが,ご了承ください。
2005.10.6 第4回 「外来語」言い換え提案 (中間発表)
2005.10.3 催し物:第28回「ことば」
2005.9.30 国立国語研究所 情報資料検索
国語研究所が作成した研究資料や
2005.9.6 「言語
言語研究用
2005.8.18
連携大学院:第7回日本言語文化研究会(政策研究大学院大学, 9月3日)のご案内
2005.8.17 催し物:第27回「ことば」
2005.7.1 日本語教育年鑑情報検索を追加しました。
日本語教育関係論文の書誌情報が検索できます。
2005.7.1 刊行物:『外来語に関する意識調査II(全国調査)』
外来語について国民の意識を探る2回目の全国調査の結果です。
2005.6.16 連携大学院:日本言語文化研究
平成17年度募集の願書受け付けは終了しました。
2005.4.6 所長の交替:杉戸新所長からのごあいさつ
2005.3.31 「ことばに関する新聞記事見出し
簡単検索の画面を新設し,2001年,2002年の
2005.3.29 刊行物:『日本語
2004.12.24 一橋大学との連携講座「日本語教育学位取得
を平成17年(2005年)4月から始めます。
2004.12.20 「言語
研究用言語資源の
2004.12.14 「写真で見る国語研究所の歴史」 (研究所の紹介>概要)
2004.10.8 第3回 「外来語」言い換え提案 (10月8日発表)
2004.6.29 刊行物:行政情報を分かりやすく伝える言葉遣いの工夫に関する意識調査(自治体調査)
2004.4.26
2004.3.26
本日の拙
2005.10.13
新そば
昨日、今日、町を歩いていると、新そばの案内が目についた。ああ、もうそういう時期なのかと、昨日、豆名月のことを書いていたのに、わたくしというのは、まったく季節感というものを感じない人間であるなぁと思うばかりである。そばというのは東の食べ物、そのような錯覚が今でもある。西はおうどん、わたくしも、そばは年越しに食べさせられるぐらいで、ほとんど口にしたことがなかった。今では矯正されたのか、蕎麦屋と言うが、以前は、ついつい、そばしかなくても、うどん屋と言っていた。ところで、沖縄の麺は小麦粉でこしらえてあるはずなのに、そばと称している。また、今ではラーメンに圧されているが、以前は中華(CHINO)そばと呼ばれていた。一体、そばというのはどういう定義でもって使われているのか、単純頭で考えると、うどん以外の麺をそばという・・・ああ、スパゲッティがあるか、SOBA⇔SUPA(SPA)と並べると、語学的には同根語と勘違いできるけれど。調べてみると、全国生めん類公正取引規約というのがあり、そば粉が30%以上含まれていない場合は『そば』を名乗ることはならぬ、ということらしい。沖縄そばは、この決め事を楯にされて、日本に帰属した際、そばを名乗ることをいったん禁止されるという憂き目に遭ったけれども、県民(業者?)の必死の運動により、1978(昭和53)年10月17日、晴れて、全国的に、沖縄そばの名称を使用してもよいという自由を得たと、下記HPなどに解説されている。もし、17日に那覇にいらっしゃる方は、そばを食べて、夜は満月夜会に出かけてみたらどうだろうか。台風もいるし、予報だから何ともいえないけれど、当日の那覇は晴れ時々曇り、素的な月見(そば)となろう。
[沖縄そば処分の日ソシテ10月17日は沖縄そばの日]
http://www.okisoba.com/html/history.html
[こちらはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%9D%E3%81%B0
[沖縄そば処分の日ソシテ10月17日は沖縄そばの日]
http://www.okisoba.com/html/history.html
[こちらはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%9D%E3%81%B0
2005.10.12
月金火
久々に晴れた秋の夜空をみあげると、1/2MOON(上弦の月)を一夜過ぎていた。気がつくと、9月18日の十五夜(那覇首里城の仲秋の宴及び牧志の満月夜会)から、もうひと回りしそうな時節である。いつの間にか、1/2MOON(下弦)→0/2MOON(新月)を経て、再び、今月17日には2/2MOON(満月)を迎えるというわけだ。(この夜も夜会が開かれる)日も暮れた頃(18時過ぎ)には月も南に昇るが、西に目を転じると、宵の明星(金星)がキラキラと輝いている。これから、もっと美しくなろう。そして、地平線に金星が消える頃、東には火星が顔を出す、コンバンワ。今月は火星が地球に接近するそうで、最接近日は10月30日とある。戻って、17日の満月は部分月食が重なる(21時頃)、それから2日後の19日には火星の上にお月様が並ぶそうだ。
また、15日は仲秋の名月(十五夜=9月18日)のすぐあとの十三夜で、栗名月あるいは豆名月ともいい、これを愛でて、仲秋(こちらは芋名月、サトイモの出る頃である)とあわせ、月見の儀式が成立するそうだから、豆を供えて、食べて、呑んで、観ることにしよう。もっとも、この場合の豆はエダマメとあるが、もう、この時期では冷凍物しかないので、那覇で頂いたヂーマーミーをつまみたいと思う。マグネシウムはこっちの方が多く含んでいるので、足攣りにも効果があるだろう。
[拙ブログ05年10月6日付け;原子番号12、元素記号Mg、語源地ギリシャ]
http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-110.html
…などと、呆けたことを書いているうちに、東の空に火星がお目見えした。
また、15日は仲秋の名月(十五夜=9月18日)のすぐあとの十三夜で、栗名月あるいは豆名月ともいい、これを愛でて、仲秋(こちらは芋名月、サトイモの出る頃である)とあわせ、月見の儀式が成立するそうだから、豆を供えて、食べて、呑んで、観ることにしよう。もっとも、この場合の豆はエダマメとあるが、もう、この時期では冷凍物しかないので、那覇で頂いたヂーマーミーをつまみたいと思う。マグネシウムはこっちの方が多く含んでいるので、足攣りにも効果があるだろう。
[拙ブログ05年10月6日付け;原子番号12、元素記号Mg、語源地ギリシャ]
http://hisada.blog3.fc2.com/blog-entry-110.html
…などと、呆けたことを書いているうちに、東の空に火星がお目見えした。