2007.02.25

獣脂(じゅう・し)

 なんとも「はっと」とさせられる言葉である。とはいえ、全く関わりのないことでもないので、本日は少し、考えてみたいと思う。標題の獣脂とは、豚、家禽(鶏など)、牛、羊、山羊などの脂肪分をさすようで、例えば、ラードと聞けばピンと来る。財務省の「貿易統計」、平成18年12月分を見ている。上記、分類にかかる輸入総量は「その他の牛、羊又はやぎの脂肪」が約6500トン、一方、輸出はというと、わずかに豚脂1.8トン(豚)とある。こと食品などについては輸入超過国であるのだから、この数字も不思議ではない。ついでに、統計表のすぐ下にある項目も確かめてみたが、輸入の類にある「鯨油」については記載がなく(輸入実績がない)、輸出にいたっては、単独での項目すらなく、あ〜あ、もう、〜ねぇ、と思わざるを得ないけれども、鯨蝋も含め、鯨さんにとってみれば身も皮も脂も、もしかしたら、心も、一切合財奪い取られてきた歴史でもある。奪い取る側の、わたくしにとっては、給食時代を含め、ずいぶん、搾取しているけれども、その主な理由は、コッチが貧乏なので、鯨肉などが安価であったことが大助かり、ということであったからだと思う。そういう時代から、ずいぶん経って、乱獲もたたって、(少しだけど)反省もし、今では、コッチの事情はあまり変わっていないが、鯨は高嶺となってしまった。で、最近のことであるが、安価な居酒屋チェーン店に行った際に、メニュー上には、刺身に、サラシに、竜田揚げに・・・と(注文もした→食べた)、まるで、×十年前に戻ったような気分にもなったが、後日、調査捕鯨の費用捻出のため、鯨肉の販売を促進するというようなネット記事を以前見たことを思い出し、改めて、サイトを覘いてみた。財団法人・日本鯨類研究所という。(以下、鯨研)常勤役員3名のうち、2名が所管官庁である農林水産省(水産庁)がらみ、残る1人は、鯨研が調査のために使用している日新丸ほかを保有し、航行代理業務を受託し、おまけに、最近までは調査捕鯨によって得られた捕獲調査副産物(鯨さん)を独占的に買取、販売していた共同船舶株式会社の元役員という、まことに”不可”思議な組織でもある。トップページを見ると、いきなり、赤い文字が躍っており、これは、何かアジテーションのようなそういう調子でもって、とても、調査研究を行なっているような雰囲気が感じられない。それはともかくとして、サイト内に平成17年度 事業報告書(財務諸表含む)というのがあって、その11ページあたりを読むと、(鯨肉などの)販売量は増えているものの、より一層の販路拡大を図るために新たな会社を設立して、学校や外食産業などへ売り込んでいる・・・とある(かなり要約しているけれど)。もしかしたら、上記、居酒屋も、この営業の成果なのであろうか。この先、調査費用を増やしたい→販売を拡大→費用は増えて、調査捕鯨が拡がる・・・という繰り返しを行なっていくつもりなのだろうか?第一、国策事業がどうして、国家予算で賄えないのだろうか、複雑な事情でも、おありなのであろう。今は、もう、鯨を積極的に食べようという意識は薄れている、わたくしであるが(先日食べたが)、みなさんはどうだろうか?何のための調査なのか、今後、鯨肉を国民食として復活させるつもりなのであろうか、鯨研の設立目的だけでは、何もわからない。
『設立の目的は鯨類その他の海産哺乳類の試験研究、調査及び関連する国際情勢の調査等を行い、水産資源の適切な管理と利用に寄与することである。』
 鯨研の一方的な紹介ではバランスが良くないので、グリーンピースジャパンのHPも見てみよう。過日の日新丸の火災に関わるコメントが出ているけれど、海難があった場合、思想なり考え方が一緒であろうが、異なろうが、あるいは敵も味方もなく、救助するのが一般的だと思っていたけれど、そうでもないらしい。双方とも、冷たい?潮風にでもあたって、頭を冷やした方が良いのでは、と書くのは失礼にあたるか。
 捕鯨の技術は、稲作と同じように、徐福(海の道、海への道、拙ブロ05年10月9日付)が伝えたともいわれている。童男童女3千人、五穀と百工を乗せた(載せた)という大船団であったが、捕獲した鯨は航海上、貴重な食料、燃料などにもなったのであろう。その時代と現在を比べても致し方ないことではあるけれど、その当時ほど、鯨さんに頼らなくても、とも思う。
数え歌はひとまず御終い。

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2007.02.21

13日の金曜日

 海野十三(じゅうざ)さんという作家がいらっしゃったけれど、わたくしは、ほとんど読んだ記憶がないので、何も、書けない。十三(じゅうそう)という「繁華」な街が大阪にあるけれど、わたくしも幾度か行ったことはあるけれども、何も書かない。本日はというと、2007年2月21日、0を除いた数字を足す(2+7+2+2+1という意味)と、14になってしまう、1日遅かった。13という数字は日本でこそ、そうでもないのであるが、西洋では、未だに忌避されるとのこと、わたくしは怖いモノは嫌いなので、もちろん観ていないが、映画の題名ともなっている「13日の金曜日」という語句(表現)は、ごく軽い忌避感覚でもって日本でも比較的普及?していて、そういう日があると、誰彼となしに話題となるのも事実である。今年は2回ある。これには法則というものがあるのだろうか、例えば、1年に必ず、2回あるといったような。試しに昨年と来年を調べてみると、前者は2回、後者は1回であった。ただし、08年は閏年であるので、変則的かなと思い、仕方がないので、04年(閏)〜12年(閏)まで検めてみたが、何も出てこない。(カッコ内は該当する月)
04年、2回(2・8)・・・閏
05年、1回(5)
06年、2回(1・10)
07年、2回(4・7)
08年、1回(6)・・・閏
09年、3回(2・3・11)(-"-)
10年、1回(8)
11年、1回(5)
12年、3回(1・4・7)(-_-メ)・・・閏
 9年間で9月と12月が出てこない程度で、特にルールはなさそうである。ただ、あくまでも9年という短い期間でしかないので、百年単位、千年単位で調べてみないことには分からないのかもしれない、とても、試す気にはなれない。しかし、試された方がいらっしゃった。!(^^)!『13日は金曜日になりやすい』というサイトによると、
⇒その年が閏年で1月13日が金曜日なら、その年は1月・4月・7月と年3回「13日の金曜日」が訪れる
および
⇒その年が閏年でなく2月13日が金曜日なら、その年は2月・3月・11月と年3回「13日の金曜日」が訪れる
 とあり、↑、わたくしの精一杯の分析?もそのとおりになっている。(~o~)やはり、物事というのは少なくとも、数百年の単位で考えなければいけないということを教えていただいた。
 これは、以前何かで知ったことであるけれど、毎年、3月3日と5月5日と、7月7日は同じ曜日であるという、これにも、何か法則があるのだろう。もちろん、調べる気は微塵もないけれど。

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2007.02.20

ご自由に

 お持ち帰り下さいと、紳士服屋さんなどでハンガーの詰まった段ボール箱を見かけることがある。つい先日まで、わたくしの通い道にある箇所でも、そのような貼り紙があって、しばらくの間、通るたびに観察及びカウントしていたら、いつのまにか、全て、なくなっていた。ただし、服屋さんではなく、もうずいぶん前に閉業したお店が舗内を片づける気になったのか、籐のテーブルやらソファー、食器や雑貨類を店頭に並べていた。定番のハンガーもあった。これは、と思うモノもあったが、わたくしはモノに囲まれていたくのないので、参加しなかったけれども、皆さん、あれこれ考えた挙句、迷って、悩んだ末に、自宅に納まり切るかどうかというような適度なバランスを考慮したうえでもって、お引き取りしていったようである。リサイクルという考え方が浸透してきたためなのであろう、これから、引越しシーズンを迎えることを考えると、いっそう、このような光景を見かけることが多くなるのかもしれない。
 と書いている、拙ブロ(及び、わたくし)も、ブログの意匠なり、あらゆるものを、ご自由にという、「お言葉」に甘えることにより、成り立っているようなものであり、拙な文章であるけれど、それさえも、もしかしたら、以前読んだり耳にした言葉を「ご自由に」用いているのかもしれない。そこのところが微妙で、あまり、ご自由に、に慣れてしまうと、その自由さ加減がかなり曖昧というか、甘え過ぎになってしまう危険性をはらんでいる。政治家などは、この加減の世界に常にいるから、もう、無感覚に、甘〜え過ぎ〜、なのだろうか?わたくしには、実際に政治家という経験がないので、さっぱり分からないけれど、想像のうえでは、うんうん、やはり、甘えに走るのだろうなぁ、と、至極、甘い評価をしている。もう、ずいぶん前であるが、高速道路のSA(サービスエリア)で路線地図を無料配布(頒布)していて、その立派さに惹かれて、もうすでに、何日か前に頂いているのに、もう一冊、あるいは、行くはずのない中国山地を貫けている道路の地図をついでにもらう・・・こういうことを繰り返していたからなのか、向こうさん(旧道路公団)も懐が怪しくなっていた(あるいは、ご自由になる懐がなくなってきた)ので、とうとう、いつの時点からか、窓口で申し出ないといただけなくなっていた、しかも、お一人様一冊に。(ま、二度三度行けば、向こうも事務的だから、いただけるのであろうが)当時は、電子地図もグルグルもない時代であったから、まことに貴重な、「ご自由に地図」であったと思う。で、最近のご自由にを白状すれば、旅行会社のパンフである。駅や商業ビル内にある支店などを見かけると、ご自由に魂(さもしい根性)がフツフツとなり、リュック一杯に詰めてしまうこともある。今どき、パンフの内容はネットからパソコンに詰めることもできるが、やはり、コッチ(ぱんふ)の方は量感があるし、第一、満足(充足)感が全く違う。この先、訪ねることは、「まず」ないだろうという分も含め、ごっそりと持ち帰っている。おかげで、モノに囲まれてはいないものの、この種の紙類に居場所を侵されている。処分しようにも、未だにホッチキス(懐かしい言葉だけど、今やステ〜プラァの方が一般的らしい)装着のため、まんま捨てられずに困っているので、こっそり、もとの棚に戻して来ようかと、世界文化遺産登録記念むにゃむにゃというパンフ類を、眺めているところである。
 ご自由には、心地の良い言葉であるし、できれば、そういう甘えた〜い心持ちの中に浸っていたいのであるが、昨今は、そういうことを許さない雰囲気がアチコチにあるようで、「ご自由に」さんも、あながち、ご自由ではないということが、パンフの置き場所並びに、わたくしの居場所をどうしたものかと同様、気に懸かっている。

Posted at 21:17 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2007.02.18

5・6・7・8・卆(9・10)・イレブンス(那覇78)

 当地(琉球)には中々いけないけれども、こそこそと、たまに琉球料理屋へ行って、凌いでいる。もう、一昨年になるけれども、訪れた時、所用近くの港の食堂につれていってもらい、そこでエーグゥァ〜の存在を知った。あいにく品切れで、食べ損ない、他日、異なる食堂でもメニューにあるのを見て、頼んだのであるが、損なった(泣く泣く、秋刀魚の塩焼きを食べた、美味でした)。で、先日、銀座の食堂で塩(マース)煮にありつけた。かなり大きい、お魚さんである。塩味のお出汁がほど良く効いて、おいしく戴いた。ほかに、島ラッキョ、ゴーヤチャンプル、スクガラス豆腐・・・、後日、別の居酒屋さんで琉球通(お仕事で行ったり来たり)のお方からスクさんの親御さんがエーグゥァ〜さんだと教わり、!初めて知って、驚いた!思い起こせば、似てなくもないとも・・・。
 那覇新港というのは、もうお隣は浦添市と接している那覇市においても最北に近い場所にあり、表現は適切ではないけれども、「琉球」っぽさは微塵もない、ただの港湾風景が広がっている地域であって、その片隅にありながら、食事をするお客さんで混んでいるのが、エーグゥァ〜損なった港湾に面した漁業組合直営の食堂である。そこから、「内陸」へ少し入ったところに所用でうかがったフェリーターミナルの建物があって、お会いした方が、渡嘉敷で泥付き牛蒡のように酷く灼けた、わたくしの肌をいたく心配してくださった。⇒『空白(那覇周辺印象雑記)』(拙ブロ05年9月22日付)
 海上保安庁第十一管区(11th Regional Coast Guard)保安本部はそのターミナルの斜向かいに建つ建物内にあって、「ああ、やはり、こういう海・ミナトに近い場所にあるのが、らしいなぁ」と思った記憶がわずかに残っている。「海保」は北から1〜11まであって、最南端が那覇である。フツウのお役所というのは、居所が決まっていて、おおむね、その地域(地方)の中心都市に所在しているが、カイホは事情が異なっていて、意外な場所にあったりする。意外というのは正しくないのかもしれない、いずれも、只今の都市勢力に従わず、地歴的なイキサツにより、決まっているともいえるので、「意内」なのかもしれない。第一管区が小樽市であることは誰もが納得しそうである。第二管区の塩竈市及び第八管区、舞鶴市とあるのが嬉しい。第五管区神戸市と第七管区北九州市はそれぞれ大阪及び福岡との力関係というか、都市としての生業を今もなお残しているようで、第三管区の横浜市(対東京)ともども頑張って欲しいと、つい、応援したくなる。一方で、第六管区は広島市ではなく、呉ではないのかとも思うけれど、まぁ、宇品もあるかと思い直した。以下、第四管区は名古屋市、第九管区は新潟市、第十管区は鹿児島市である。それぞれが管轄する都道府県を眺めていると、面白い、いわゆる地域割りとも違う特有の「潮の世界」を感じることができる。
 以前、所用でもって、連絡をとった方が、たまたまカイホの方で、わたくしの無理難題を快く、お引き受けくださった。それ以来、カイホには悪い印象はない。
 海上保安庁法 
 二十五条
 この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。

Posted at 23:45 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2007.02.16

卒業

 のシーズンなのかもしれない、街で、それらしいと思しき装いをみかけることもある。受験シーズンでもあるのであろう、電車内で、京都の旅行パンフ(お得なホテルパック!)をあれこれ比較している高校生もいた・・・卒業旅行なのかもしれないけれど。今年は団塊の世代が卒業らしい。あちこち、そういう「卒」の光景がみられ、じきに春を迎える。
 今年はやや遅く、明後日が春節らしい。卆わらない業(しごと)を抛って、ひさしぶりに、横浜へでもいってみようかなぁと、あらぬことを想っている。

Posted at 22:31 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2007.02.11

七転八起と七顚八倒

 昨日の5・6(溝´榊ァ砲飽き続き、7・8を考えていたら、標題の2句が浮かんだのであるが、混乱してしまった。はたして、どこが異なっているのか、分からなくなった。イメージ的にはどちらも、わたくしにとって、「あって」ほしくない事象かなぁと、想像はついたものの、よそ様に説明できる状態ではなかった。検めると、どうも前者(転と起)の方が行動としてはタフである。7度転じて、その度に起き上がる、比して、後者は立ち上がらないで済む・・・。いや、そういう比較論ではないのであろうか。立ち上がることもできないというのが、顚・倒なのであろう。これもタフであることが条件になろう。いずれにしても、わたくしが臨めるような条況ではないのであるが、強いて申せばわたくし的には、どうも後者を選びそうである。もう、起き上がりたくない、ただ、それだけの理由からではあるが。起き上がりたくない・・・。
 本日の流れで申せば、次回は九・十になるのか・・・。(苦渋)

Posted at 21:49 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2007.02.10

五臓六腑

 焼き鳥屋さんで砂肝やレバーを好んでいただいたり、モツ煮もおいしく、酒の肴となるけれど、腎臓ですわと正面切られてしまうと、どうかなぁと想像してみた。焼肉屋さんには滅多と、行かないが、マメというのがあるそうで、ただし、食べた記憶はない。ひょっとしたら、↑モツ煮にも含まれていたのであろうか、ただ気がついていないだけのことかもしれない。名づけの過程を想像すると、面白い。インゲンマメ・ソラマメの一種をキドニービーン(ズ)というらしいが、キドニーは腎臓のことで、腎臓に似ているマメだからキドニー豆となった、で、転じて、焼肉側では、豆に似ているので、腎臓をマメといったらしいのであるが?これでは、どっちが鶏か卵か分からない。お互い(腎臓とマメ)が責任の所在を押しつけあっているような、遠慮しているような、そういう気がしてしまう。さて、ネットで腎臓の料理を調べてみたら、欧州では一般的であるらしいことを知った。そのうちのひとつに、「仔牛の腎臓とセップ茸のポワレ」というのがあった。セップ茸は西洋マツタケ、これを添えた腎臓を平鍋でじっくり、こんがり焼いていくのであろうか、そう思うだけで、想像ができないでいる。解剖図『風邪ひきの時の滋養』(pfaelzerweinさんのブログです)などと聞く(見る)と、余計にできず、香港や牧志市場(那覇)でみたポークフェイス以上に、わたくしの弱気の蟲が出てしまう。(..)
 五臓六腑に染み渡るとは呑ん兵衛の言い草でしかないけれど、考えてみれば、わたくしたちは、あらゆる生き物の五臓六腑のおかげで存している。換言すれば、彼らの犠牲の上に立っているわけであり、見た目はともかくも在り難く戴くことが当然のことなのであろう。しかし、やはり、と、後ずさりしている、わたくしである。

Posted at 22:02 | 雑に | COM(0) | TB(0) |
2007.02.09

牛乳離れ

 という記事を見た。なるほど、消費量は減り続けており、「バナレ」が進んでいることは確かである。そのために、ペットボトル詰めもありかもしれない。でも、その前に、バナレは飲む側の事情ではなく、むしろ、詰め側にあるのではと思うのであるけれど。現在、「生産」されている牛乳のほとんどは「牛の乳」から、どんどん離れていく気がしてならない。栄養分の補給のためにと、大量生産、広域販売が進んだ大昔(40年ぐらい前)と異なり、消費量は当然減る(少子化で学校給食もあてにならないなど)にしても、只今は、保存方法も多様化、高度化しているのだから、折角、酪農家の方が丹精込めて育てた「牛さん」から搾った乳を、わざわざ、素から離れていくようなモノに変えてしまっていることに、疑問をもつ。もちろん、ペットボトルにさえ異論、無理難題を押し付ける役人たちのことはあるけれど、できれば、素から離れていない牛の乳を普通に飲んでみたい。琥珀の伴だけでは、なにか悲しい。

Posted at 23:20 | 雑に | COM(2) | TB(0) |
2007.02.06

NOBODY,BUT,BODY(誰も住んでいない実家)

 というような言葉が響いた。ラジオを聴いていたら、あるDJがご本人の事情をお話しされており、久しぶりに実家を訪ねたら(もちろん、迎えてくれる人はいない)、荒れて、草ばかりだったと述懐していたのであるが、誰(両親以前という意味で)もいず、実家も残っていない、わたくしにはこの先、到底望めない心境あるいは体験ではあるが、しごく惹かれた。ふたつある。ひとつは、その家を見てみたいという衝動である。草茫々はともかくも、過疎地でなく、そのような光景が首都圏の東京に近い地域でさえ侵攻しているという事実に、甚だ無責任的な興味をもつ。ふたつめは、結局、その家屋はどうなるのかという心配というか、要らぬお世話である。棄てられた先はどうなるのかと、その資産価値がどうのこうのという話は横に擱いて、もし、わたくしが、そのような状況に置かれて、「実家」を訪れることがあったのなら、そこで、何を想うのか、あるいは、訪れることさえ、あるのかどうか、そういう、どうでもよいことを考えていた。ただ、どうでも良いことでもない、と思い直し、三つめを今も考えている。誰もいないが、朽ちかけているとはいえ、ボディ(家屋)は残っているという状態は、わたくしそのものをあらわしているのかなと、実際にDJさんの実家を拝見したわけではないけれども、それにごく近い条況の家屋を、あるいは、誰もいないという話および亡骸ボディを地方で、いくつか見ているので、その都度、感じていた「わたくし」について、本日、あらためて、響いた、ただ、それだけのことである。

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2007.02.04

お風呂の日

 わたくしゴトで申し訳ないけれども(ま、いつも、そうなのであるが)、お風呂に入った際、わたくしの場合、もう何※年も、頭⇒体の順で洗っていたのであるが、この2年ぐらいは、その順番が逆転している(体⇒頭)。それによって変わったことを、昨夜、そう(体⇒頭洗い)しながら考えていた。二つあった。ひとつはお湯の使用量が減ったこと。以前は頭が先(先頭・・・銭湯?)であったので、いったん、流す 引き続き、体洗いの後、流す△任△辰燭、今は、体洗い(流さず)、で、頭洗いのあと、流す,砲覆辰拭舛沺■味錬硲腺咾箸い┐覆もない。もうひとつは、もともと短かった行水的お風呂が、洗い作業が効率化・合理化され、より短縮されたということである〜こっちはカラスである。そもそも、何故、頭を先に洗うようになったのか、そのことが思い出せない。親に教えられたのか、本能だったのか、単なる気まぐれなのか、そこのところが分からないでいるのであるが、そうかなと思うフシはあって、頭の方が(体に較べ)外界に晒されている分、汚〜いという先入観があったからなのかもしれない、いずれにしても、頭も体も同じ、わたくしの部位には違いのないことなので、汚〜い〜には変わりはないのであるが、勝手に、そう順位づけしていたかもしれない、頭には申し訳ないけれど。ということは、今は、体を汚い〜〜と考えているのだろうか?(体には悪いけれど)そのようなことを妄想していると、では、左足と右足、どちらから洗っているのか、ついでに、靴下はどちらから、着る衣服の袖はどちらの腕からか・・・などが気になって、入浴(カラスの行水には変わりないけれど)や着替えに手間どっている始末である。そのように考えていると、順番ということはと、生まれるのも順番、去るのも・・・、と異なる方向へと話が進みそうなので、少しだけ、戻りたいと思う。
 ・・・・2月6日で、風(2)呂(6)の日なのかと思ったけれど、そういうわけでもないらしい、ただし、毎月26日はお風呂の日という場合はありがちのようである。それでは、お風呂の日というのは公式にあるのかどうか調べてみたけれども、見当たらず、言葉を変えてみた、「銭湯の日」で探すと、「10月10日」とあった。やや苦しいけれども、千(せん)十(とお)、「http://www.1010.or.jp」、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合のHPで見つけた。(岡山県公衆浴場業生活衛生同業組合にもあったけれど、全国のお風呂屋さん組合が一斉に決めているわけでもないらしい)1010で思い出したのが、北千住駅近くにできた再開発ビルの名前「ミルディス」。ミルは1000で、ディスは10、イコール1010(せんじゅ・う)、立派な劇場が入居している下に丸井が同居していると知って、・・・、こっちは、0101と他の人のブログにあった。日本記念日協会というのがあって、もちろん、私的な団体ではあるけれど、本日は「ぷよの日」ならびに「西の日」とある。以前、これもまた私的な集まりで、ある地域そのものを記念日にしてしまおうということで、「○○の日」登録料として必要な幾ばくかを賄うために500円出したことがある。このような趣旨には賛同しているけれども、まさか、お金が必要とは思わなかったけれど、一応、今でも、記念日として上記HPにとどまっている。ちなみに、2月6日は海苔の日(これは団体が独自に決めたもの)、そして、ブログの日でもあるそうだ。だから、なに、ということでもないけれど、どこにでも、誰にでも、記念日のひとつやふたつはあるということなのだろうか、ああ、確実にふたつはあるのか、生まれた時と去る時と、そうでもないのだろうか、よく分からない。今夜のお風呂は、意識しすぎて、つい、頭を先に洗ってしまうかもしれない。これもまた、どうでもよいことである。

Posted at 20:31 | 雑に | COM(0) | TB(0) |