05 ,2012
所用で乗り換える柏駅付近を帰り際、少し歩いた。前の日、電子地図を眺めていて気になった場所があり、そこが目的である。例によって、一本道なのに、迷った。行き過ぎて、携帯サイトで確認し、戻った。
それは駅からすぐの柏神社内にあった。同社は羽黒神社ともいわれ、出羽三山のひとつ「羽黒さん」を祀っているほか、京都「八坂さん」を合わせている。銀座通り商店街の鳥羽口にあり、森の鬱蒼さが隣ビルのネオンの騒々しさと対になって、ちょっと不思議な感じである。これは白昼のことであるが、帳が下りたころはどのように映えるだろうか、見たい気もする。
[柏神社を商店街側から]

実は勘違いをしていた。地図上に、ひときわ、大きな文字で「待道大神宮」と標されていたが、わたくしには「待」が「侍」に見えていた。
サムライ道とは何か、そこに興味を持って、伺おうと思った。
[侍道大神宮ではない]

戻って、検めると、下総地方に旧くからある慣習で、もともと、子を授かった夫婦が待ち合わせをしたが、どういうわけか場所を互いが取り違えていて、約束時間を過ぎても現れない夫のことも案じてか、奥さんはとうとう産気づき道端で生んだという謂い伝えから「待道」=安産祈願の「マツドッ講」になったそうだ。(曹洞宗観音(かんのん)寺のサイトより)ただし、死産だったという伝えもあり、どうだろうか、こちらの方が話としてはできている気もする。以前、流れ灌頂(09年5月15日)についてふれたが、同様の哀しみを引きずっており、後々の世に遺(のこ)りやすい。上記サイトによれば、近年(いつ頃までかは記されていないが)まで農家に嫁いだ女性たちの間に若妻会があり、田植えの終わった頃、稲刈りの終わった頃、決まって観音堂に集まり、掛け軸をかけて和気藹々と歓談したとある。
今はそういう「くらし」自体が少なくなっているだろうからと想うが、この「待道さま」は妙に新しくて、少子高齢化を憂いてか、あるいは、多子を願ってか、分からないけれども、最近になって建てられたという意気を感じる。
もちろん、若妻たちの会は談(愚痴)だけではなく、食べて、呑んでということもあったのであろう、その点は現在も変わらなく、ママ会に受け継がれている。
駅へ戻るすがら少しまわり道をした。この樹たちの向こうには病院がある。誤解を恐れずに書けば、この病窓から緑を眺めてみたい。

向かう途中の車内の向かいにベビーカーと親子がゐらした。
それは駅からすぐの柏神社内にあった。同社は羽黒神社ともいわれ、出羽三山のひとつ「羽黒さん」を祀っているほか、京都「八坂さん」を合わせている。銀座通り商店街の鳥羽口にあり、森の鬱蒼さが隣ビルのネオンの騒々しさと対になって、ちょっと不思議な感じである。これは白昼のことであるが、帳が下りたころはどのように映えるだろうか、見たい気もする。
[柏神社を商店街側から]

実は勘違いをしていた。地図上に、ひときわ、大きな文字で「待道大神宮」と標されていたが、わたくしには「待」が「侍」に見えていた。
サムライ道とは何か、そこに興味を持って、伺おうと思った。
[侍道大神宮ではない]

戻って、検めると、下総地方に旧くからある慣習で、もともと、子を授かった夫婦が待ち合わせをしたが、どういうわけか場所を互いが取り違えていて、約束時間を過ぎても現れない夫のことも案じてか、奥さんはとうとう産気づき道端で生んだという謂い伝えから「待道」=安産祈願の「マツドッ講」になったそうだ。(曹洞宗観音(かんのん)寺のサイトより)ただし、死産だったという伝えもあり、どうだろうか、こちらの方が話としてはできている気もする。以前、流れ灌頂(09年5月15日)についてふれたが、同様の哀しみを引きずっており、後々の世に遺(のこ)りやすい。上記サイトによれば、近年(いつ頃までかは記されていないが)まで農家に嫁いだ女性たちの間に若妻会があり、田植えの終わった頃、稲刈りの終わった頃、決まって観音堂に集まり、掛け軸をかけて和気藹々と歓談したとある。
今はそういう「くらし」自体が少なくなっているだろうからと想うが、この「待道さま」は妙に新しくて、少子高齢化を憂いてか、あるいは、多子を願ってか、分からないけれども、最近になって建てられたという意気を感じる。
もちろん、若妻たちの会は談(愚痴)だけではなく、食べて、呑んでということもあったのであろう、その点は現在も変わらなく、ママ会に受け継がれている。
駅へ戻るすがら少しまわり道をした。この樹たちの向こうには病院がある。誤解を恐れずに書けば、この病窓から緑を眺めてみたい。

向かう途中の車内の向かいにベビーカーと親子がゐらした。